ランナーのみなさんにはおなじみなのかもしれませんが、身近な人からこのブログは何が書いてあるのがたまに意味がわからないと言われたので、調べながらまとめてみます。
一言で言うと、ダニエルズ理論での閾値走とは、持久力アップに最適になるよう設計された練習方法です。ダニエルズ氏いわく、長距離ランナーが行えるもっとも生産的な練習の一つだそうです。
例えば、私の場合だと、閾値走とは基本的に4:08/km(=Tペース、8月時点の走力から算出)で20分走る練習となります。
閾値とは?
閾値の読み方は「しきいち」・・・だけだと思っていたんですが「いきち」とも呼ぶそうです。英語ではthreshold。追記:こちらも参考に → Togetter:「閾値」をどう読むか?一般にある入力値まではOFF、ところがその値を超えると突然ONになるような仕組みがあるとき、その分岐点となる値のことを閾値といいます。理系の方は、脳のシナプスや機械学習のニューラルネットワークの発火、電子回路のA/D変換などでお馴染みかもしれません。
ではランニングにおける閾値とは・・・?負荷がある閾値を超えると急に血中乳酸濃度が上がってバテるということで、閾値を上げるためのトレーニングの話がよく出てきます。負荷に対する疲労度が一次関数になっていないのがポイント。
わかりやすく例えてみます。
【車を例にすると・・・】
- ある車があります。
- アクセルを踏み込むと、時速100キロを超えたあたりから水温計が急上昇し、ボンネットから煙が出てオーバーヒートでスピードを維持できなくなります。
- 時速100キロを超えないぐらいのスピードで何度か走っていると、(無茶な設定ですが)性能が上がり、時速110キロで走るまでオーバーヒートしなくなります。同様の訓練を繰り返すと、さらに時速120キロで走っても大丈夫になります。同様の訓練を・・・(略)
- ※最高速度、燃費、排気量、耐久性などはこれとはまた別の性能です。
- あるランナーがいます。
- ある負荷(=ここが閾値)より速く走ると、血中乳酸濃度が急上昇し、バテてスピードを維持できなくなります。
- 閾値スピードを超えないぐらいの負荷で走る練習(+休養・栄養)を繰り返すと、乳酸への対処能力が向上し、閾値が上がるということが研究からわかっています。
- ※最高速度、ランニングエコノミー、最大酸素摂取量、筋持久力などはまた別の性能で、それに合った練習が効果的です。
具体的な練習方法
ジャック・ダニエルズ氏の閾値走練習方法は以下の通り。(ダニエルズ氏って誰という方は、こちらの記事もご覧ください:「ダニエルズ氏とランニングフォーミュラとVDOT」)
強度としては、最大心拍数の88-92%で、乳酸性作業閾値を上げることを目的としています。この強度(Tペース)は、レースでは60分ぐらいまで維持できるようなペースです。ダニエルズ氏はこのペースを「comfortably hard」(心地よいつらさ)とも表現しています。エリートランナーの場合、このペースはハーフマラソンのペースです(訳注:ハーフ60分あたりって相当速いですねw)が、普通のランナーだと10Kのレースペースあたりです。練習効果を最大限にするため、ダニエルズ氏は設定ペース厳守の重要さを説いています。閾値走は、Tペースで最低20分連続で走る「テンポ走」または、Tペースで3~15分間3~10本を走る「クルーズインターバル」(レスト:20~25%)のどちらかで行います。閾値走は負荷が高いので、週間走行距離の高々10%未満になるようにしてください。(引用元:ウィキペディア英語版 - Jack_Daniels)
その他、閾値走を行う上での注意事項です。
- 条件:天気良好、足場が良く平らな場所で
- ウォームアップ:イージーペースでの10分間+ストライド走
- クールダウン:ジョグ+ストライド走(4~5 x 20~40秒 @ 1マイルレースペース)
※ストライド走とは、スピードワークやレース前によく行われる速いペースの短距離ランのこと(英語記事)
追記:ブログ内別記事「閾値走でありがちな失敗例」も合わせてご覧ください。ダニエルズ氏は口を酸っぱくしてTペース厳守を説明しています。
閾値走の負荷とTペース
「負荷」の閾値といいますが、負荷はスピード、最大心拍数、最大酸素摂取量、バイクならパワーといろいろな方法で数値化できます。ランナーにとってわかりやすいのはスピードですね(ただし体調や天候などによっては、常に同じスピードを負荷の尺度にできるとは限らないのが欠点)。ダニエルズさんの「ダニエルズ式ランニング用計算ツール」を使うと、5Kやフルマラソンのベストタイムを元に、閾値走に最適なペースを算出できます。このペースはTペースやLTペースと呼ばれています。
Tペースは、サブ3の人が3:59/km、サブ3.5の人が4:35/km、サブ4の人が5:11/kmぐらいです。
閾値走のバリエーション
テンポ走のほうは、基本はTペースで20分だそうですが、バリエーションとしては60分まで走ってもいいそうですが、その分ペースを遅くするのが大切だそうです。そして、Tペースより速く走らないことも重要だそうです。
参考までに、20分~60分のTペースをVDOT=45と50(→VDOTの説明)の場合で載せておきます。45がフル3時間半、50が3時間15分ぐらいです。もっと完全な表は、ダニエルズ氏がランナーズワールドに寄稿した閾値走の記事に載っています。
走行時間 (分) | VDOT 45 | VDOT 50 |
20 | 4:38 | 4:15 |
25 | 4:42 | 4:18 |
30 | 4:44 | 4:21 |
35 | 4:46 | 4:22 |
40 | 4:47 | 4:24 |
45 | 4:49 | 4:25 |
50 | 4:50 | 4:26 |
55 | 4:51 | 4:27 |
60 | 4:52 | 4:29 |
60 (参考:M-Pace) | 4:56 | 4:31 |
クルーズインターバルは、Tペース(20分のときのペース)でのランとゆっくりジョグを繰り返します。一番典型的なメニューは、
5 x 1600m @ Tペース(レスト1分ジョグ)
のようです。
テンポ走とクルーズインターバルでは、後者のほうがレストがある分楽だそうです。ダニエルズ氏は、両者の練習を組み合わせることを薦めています。
閾値のもうちょっと深い話
ランニングにおける閾値は「LT」ともよく言われています。乳酸塩(Lactate)+閾値(Threshold)の頭文字をとったもので、乳酸性作業閾値とも呼ばれているようです。ちょっと概念は違うけど、別名はAT(Anaerobics Threshold; 無酸素性作業閾値)。LTは、負荷と血中乳酸濃度をグラフにすると可視化できます。
(引用元:この論文 via RW)
横軸の負荷(自転車の仕事率)に対して、ある時点を超えると急激に縦軸の血中乳酸濃度の上昇が見られます。左(初心者)と右(トレーニングを積んだ人)のグラフは同じ形です。でも左に比べ、右のほうがLTが高いことがわかります。つまり、トレーニングを積んだ人のほうが持久力があることがわかります。
ランナーならわざわざ自転車に乗ったり血を取らなくても、横軸スピード・縦軸心拍数で同様のグラフになるようです。(ブログ村のルミオカンさんは自分で試して閾値見つけるという良記事を書かれていました。自分も試してみたいです!)
↑LTについてプレゼンするカリスマコーチ、ジャック・ダニエルズ博士(youtube)
余談ですが、血を採らないで皮膚に貼るだけで血中乳酸濃度がリアルタイムに測れるバイオセンサーの論文が先月発表されたそうで、偶然今日reddit経由で見つけました。こういうのが将来フィットネスGPSに搭載されたら、ランニング界にプチ革命が起きそうですね~!
閾値と持久力の研究(2014/3/7追記)
オーストラリアのフリンダース大学に提出されたPhD論文(運動生理学、2010年、PDF)にいいレビューがありました。血中乳酸蓄積量(BLa)が急激に増える境目はいろいろな名前で呼ばれているようです(p27)。- AT (Anaerobic Threshold) (Skinner and McLellan 1980)
- IAT (Stegmann and Kindermann 1982; McLellan and Jacobs 1993; Urhausen et al. 1993a; Beneke 1995; Coen et al. 2003)
- MLSS (maximal lactate steady-state) (Stegmann and Kindermann 1982; Urhausen et al. 1993a; Beneke 1995).
- ventilatory breakpoints (Wasserman and McIlroy 1964; Mickelson and Hagerman 1982; Davis 1985)
- LT1 (aerobic threshold; ~2 mmol/L) (LaFontaine et al. 1981; Payne et al. 1996)
- LT2 (OBLA, AT; 4 mmol/L) (Kindermann et al. 1979; Sjodin et al. 1982; Heck et al. 1985; Payne et al. 1996)
LT1、LT2、OBLAと3段階に分けている文献もありましたが、この筆者はオーストラリアのスポーツ科学界の慣習に従ってLT1とLT2(=OBLA)という2段階に分類したようです。いろいろ流派があってややこしいですね。
ボート競技での出力と血中乳酸濃度の関係(Figure 2-1 )を見ると、確かにLT1とLT2で2段階勾配が変化しているところが見られます。
Aerobic Threshold(有酸素性作業閾値)とAnaerobic Threshold(無酸素性作業閾値)って両方イニシャルがATになってしまうので、ややこしいのでLT1、LT2と名づけたんでしょうね。あと、ATは乳酸/換気系の閾値の一般名詞的な使い方もされると書いてありました。
それからLT1, LT2などは閾値が定数になってますが、(Bourdon 2000; Buckley et al. 2003)で指摘されるように個人差があるので注意する必要があるとのことです。
閾値走練習の詳細
もっと詳しい練習方法は、ダニエルズさんの著書ランニング・フォーミュラをご覧ください。拙記事でもランニング・フォーミュラについて紹介しています。▲日本語版第2版 | ▲英語版第3版 |
閾値走、練習してみた
閾値走に最適なペースがわかったので、走ってみました!まずはトラックまで移動+アップで3kmラン。練習結果は・・・
04 | 4:14
05 | 4:14
06 | 4:08
07 | 4:10
08 | 4:05
09 | 4:01
10 | 4:11
11 | 3:55
平均4:07で8km、30分ちょっと走りました。最後はダッシュしたんですが、これが効いてきれいに設定ペースになってました。偶然ですw
2kmダウンジョグして、計13kmでした。涼しかったので、走りやすかった~。
関連記事(ブログ内)
- 閾値走でありがちな失敗例
- ダニエルズ式インターバル走について
- ダニエルズ式ランニング用計算ツールの紹介
- ダニエルズ氏とランニングフォーミュラとVDOTについて
- VDOT++…練習強度をいつ上げるか?○○でしょ!
- 「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」第3版発売!
関連記事(外部サイト)
乳酸関連の話は、疲労・筋肉痛の古い仮説のせいで誤解が多いと言われています。そんな中、最新の研究を取り上げた記事を中心に、関連リンクです。もっと読みたい人向けに・・・。
- GEヘルスケア・ジャパン
- Nice Body Make・・・よもやま話
- Youtube (英語)
- Competitor (英語)
- Runner's World (英語)
- Threshold Training・・・ダニエルズ本の閾値トレーニングの箇所がそのままウェブ上で読めます。
- Three Reasons to Love Lactate
【本日のBGM】 Foo Fighters - Wasting Light
【走行距離】本日13.0km、月間55.2km
【エリーマラソンまで】40日
あらご紹介ありがとう(^-^)
返信削除あの頃とちっとも走力が変わってないわ(笑)
いえいえ、海の向こうのレースの話など、興味深く見ておりますよ。
そもそも自分が出られないレースって、東京マラソンでもエリーマラソンでも一緒ですから(笑)
いつも素晴らしくまとまっていて読みやすい記事、感服致します。
見習いたいができん(笑)
素晴らしかったので、勝手にご紹介してしまいましたm(__)m
削除多分私もルミさんと同じで(?)凝り性なんですよね~。
調べ始めたら止まらない・・・。
ジェルを手作りしたり、そういう行動力はまだまだなので、尊敬します。
試してみた系の記事、私も見習いたいです!
すごいですねぇ・・・溜め息が出ました
返信削除もはやブログの域を超えてますw
↑上の人のブログと同様、非常に参考になります
で、上の人ですら「見習いたいができん(笑)」と
仰ってらっしゃるので、ボクなんて到底無理ですね〜www
ありがとうございます、
削除日本にいないとなかなかみなさんと共通の話題が書けないので、
四苦八苦してます(笑)
ぽじさんのブログを読むとバイクに乗りたくなってしまいますし、影響受けますね。。。
こういうトレーニングをするのか~とか、バイクど素人なので全部参考になります!
LT1、LT2という基準もあるのですね。勉強になります。
返信削除そこらへんの良い資料が見つかれば、記事に追記させて頂きたいと思います。