2013/11/28

新常識?水分補給は「渇く前」でなく「渇いてから」という理論

賛否両論?ランニングにおける10の俗説という記事には、「給水エイドには全て立ち寄ること」、つまり「水をできるだけ飲め」というのは俗説だという話がありました。

7. 給水エイドには全て立ち寄ること
スポーツ医のルイス・マハラム先生によれば、「ノドが渇いてると感じた時には、すでに脱水状態で手遅れであるというのは俗説」「ノドが渇いたら飲めばいい、そうすれば過剰なハイドレーションを防げるし、お腹のトラブルが起きる可能性を減らせる」

詳細を調べてみると、「渇いたら飲む(Drink to Thirst)」というアドバイスの多くがティム・ノックス博士のWaterloggedという本を参照しているので、今回はその本に書かれている「渇いたら飲む」理論を紹介したいと思います。

「渇いたら飲む」理論とは

読んで字のごとくですが、喉が渇いてから水分補給するのがベストだよ、という理論です。ノックス氏が昨年出した著書「Waterlogged: The Serious Problem of Overhydration in Endurance Sports」(水浸し:持久系スポーツにおける水分過剰摂取の深刻な問題)で提唱しています。



ノックス氏は痙攣の記事セントラル・ガバナー理論の記事でも紹介した、南アフリカの運動生理学者。アマゾンの著者紹介によると、複数のスポーツ科学の論文誌編集委員を務めたベテラン研究者で、70以上のフル・ウルトラマラソンを完走したランナーでもあるそうです。

Waterloggedは数十年の大量の研究結果を元に書かれた本で、これだけのシンプルなメッセージ+αを伝えるのに450ページを費やしています(最初の原稿は1000ページ以上あったそうですw)。

長ければいいっていうわけではないですが、それだけ裏付けがある、ということなんでしょうね。そんな濃い内容を全部は紹介できない(※私はこの本持ってないです)ので、今回はノックス氏がランニング・タイムズに寄稿した記事(これは読みましたが長かったw)から要点だけかいつまんで紹介したいと思います。

「渇き」は最も信頼できる兆候

ノックス氏によれば、脱水で起こる唯一の症状は「喉の渇き」だとのこと。
体内の水分量が減ると、その分血液の成分(特にナトリウム)濃度が上がります。それによる浸透圧の変化を脳が検知することで、喉の渇きという症状が起きます。
(引用元:Running Times - Drink to Thirst

だから、脱水を適切に防ぐには、信頼できる手がかりである「喉の渇き」を頼りに水分補給をしよう、とのことのようです。

記事にはもっと細かく、生理学的に○○ホルモンが△△に作用して喉が渇く、というように説明がしてありました。では理論はいいとして、実際はどうかというと、こんな研究が。
米陸軍省環境医学研究所の科学者は、異なる脱水レベルのグループ(体重の0%、3%、5%、7%の脱水)を作り、ノドの渇き、疲労、衰弱具合、立ちくらみ、めまいなどの兆候がそれぞれどれだけ脱水レベルと関連しているか調べました。脱水レベルとこれら各要素は相関が見られたが、一番強い兆候を表したのが喉の渇きでした。
(引用元:同記事)

喉の渇きは実際にも脱水の兆候をよく表すようですね。

ただ、昔ながらの説明だと、渇いてからだともう脱水が始まっていて手遅れで、パフォーマンスも落ちることだし、渇く前にどんどん補給しないといけないのでは・・・?と思いますよね。その答えも載っていました。

本当に脱水=パフォーマンス低下なのか?

過去に「水分補給とパフォーマンス」という記事を書いた時、ランス・アームストロング選手(いろんな意味で超有名な自転車選手)の著書より、「体重の4~5%の体液が失われると能力が30%低下する」というような内容に触れました。

これは事実なのでしょうか?

ノックス氏の記事によると、ある年の南アフリカ・アイアンマン(スイム3.8km+自転車180km+フルマラソンという過酷なトライアスロン)では、トップ5人のゴール後の体重を測ったところ、全員に6~8%の体重減が見られたそうです。そして、ニュージーランド・アイアンマンでも同様の傾向が見られたそうです。

仕組みはこういうことみたいです。

まず、走る燃料である脂肪&グリコーゲンの分の重さが失われます。さらには、筋肉/肝臓中にはグリコーゲン:水=1:3の割合で水分子が含まれているので、その分の再チャージはすぐできません(12~36時間かかる)。
この理論だけで、運動中に最低2,000g体重が減ることが説明できます。測定可能な体水分量が変わらないまま、1,000gの水分を失うことがある、という研究結果も。

なるほど…。体重が減るのは発汗だけが原因ではないんですね。

夏に1時間走って発汗で体重が2kg減った場合と、100kmのウルトラマラソンのゴール地点で2kg減っていた場合では大違い、とも言えるでしょうか。

燃料分の体重が2kg減ったとして、体重が減ったからといってそれを補おうと水分を2L摂ったら明らかに飲み過ぎですね。

6~8%の体重減は燃料分よりも減っていそうですが、そのぐらいの脱水ならパフォーマンスは落ちない(軽くなった分で相殺?)ということも推測できます。

※脂肪・グリコーゲンが燃料って何の話?という方は、手前味噌ですが、拙記事「マラソン前のグリコーゲンローディングについて」をぜひ。

※南アフリカ・ニュージーランド人のトライアスロン選手(恐らくでかくてゴツイ)と日本人のマラソンランナー(小柄・細い)だと体格がだいぶ違うので、体水分量の割合も違うかもしれず、上のトライアスロンでの数字がそのまま当てはまるわけではないのでご了承ください。

水分を摂り過ぎると・・・?

体に備わっている優秀なセンサー/アラームである喉の渇きベースではなく、時間や距離ベースで給水をすると、飲み過ぎてしまうリスクがあるとのこと。

飲み過ぎると腹痛リスクや、体が重くなることで不利になりますし、何より低ナトリウム血症/水中毒になると、最悪の場合は生命の危険が。
水中毒(みずちゅうどく、英: water intoxication)とは、過剰の水分摂取によって生じる中毒症状である。
人間の腎臓が持つ最大の利尿速度は毎分16mlであるため、これを超える速度で水分を摂取すると体内の水分過剰で細胞が膨化し、低ナトリウム血症を引き起こす水中毒に陥る。
症状
血液中のナトリウムイオン濃度の低下に伴い以下の症状が生じる。
(略)
100mEq/L - 神経の伝達が阻害され呼吸困難などで死亡
(引用元:ウィキペディア - 水中毒、強調は私による)

水中毒の死亡例

逆に水分を摂らないと・・・?

間違ったメッセージが伝わるといけないので強調したいのですが、提唱されているのは水を飲むのを我慢することではないので、要注意。飲まなきゃいけない、でも渇いたタイミングで飲むのが最適、ということのようです。

例外として、一部選手はあまり飲まない人もいて、高岡寿成さんがフルマラソン男子日本記録を2002年のシカゴマラソンで達成したときは給水なしだったらしいです(ちゃんとしたソースはないけど、ウェブ上にそういう記述がたくさんヒットしました)。

でも普通の人は、暑い日に水を飲まないでマラソンを走ったら、とんでもないことになりますよね。

例えば、ランネットの評価が36点/100点(342人)という低評価だった某大会。運営の不手際で給水切れを起こしたそうで、レポを読むと地獄絵図です。

15km給水を最後にその先給水はなく、25km以降は怖くて歩きました。喉はカラカラ、人がゴロゴロ、倒れているランナーを救護もせず進む自分の不甲斐なさに涙がでました。
救急車のサイレンが鳴りっぱなし、道の端に倒れたり動けない選手が何人もいて、リタイアバスや救護対応が遅れているのを感じた。
道のあちこちで嘔吐してる人、倒れてる人、救急車が何台も走り去り、まさに地獄絵図状態。
側溝水をすすらざるをえなかった屈辱感、倒れる人々を見捨てた罪悪感、高架からの逃げ道もなく、リタイアしても救護される目途がつかない恐怖・・・。ゾンビのようにうつろな目で歩く群れが、一人倒れると連鎖的に倒れていく、それも疲れ果ててうずくまるのではなく、意識を失い落ちていく、あと10メートルで陸橋の日陰があるのに、たどりつけず倒れ伏しているのです。あの一滴の水もない23キロ給水点で「次の給水点どこか不明&水の有無も不明」と聞かされてからの、絶望街道死の行軍を味わった仲間のランナーと、特に挫折せざるを得なかった無念のランナーたちのために、どうしてもこの大会の評価は最低点を付けたいのです。
(引用元:ランネット


私も練習で経験してますが、喉が渇いた時に水がないと、ほんと辛いですよね…。

ノックス氏の記事で紹介されている研究によれば、ゴール時に7~10%ほどの脱水ではただちに影響のある健康リスクはないそうですが、15~20%だと臓器不全のリスクがあると書かれていました。

実際に「渇いたら飲む」でウルトラ完走した人の話

161kmの山岳ウルトラレースで「渇いたら飲む」を実践してみた、というiRunFarの記事を、日本語訳で紹介している良記事を見つけました。まず、こんな冒頭で始まります。
iRunFar.comで今年のWS100で9位の好成績を残したJoe Uhanが、南アフリカのスポーツ生理学の大家、Tim Noakes博士の近著、”Waterlogged”に書かれている補給の考え方をもとにWS100を走った結果について書いている。 
“Waterlogged”は「飲めるときに飲めるだけ」という水分補給の考え方はドリンクメーカーの宣伝にすぎない、塩分補給は無用、と説いていて、従来の補給の考え方(少なくともアメリカの考え方)を覆すものとして注目されている。
(引用元:DogsorCaravan - ウルトラマラソンでは水分と塩分の補給は最小限で、糖質補給は切れ目なく:”Waterlogged”からの教え


Joeさんの体験談はというと、
Joeが今年のWS100を走ってみたところ、前半で体が重くなってペースがダウン。経験上いつも摂っていた塩分補給のサプリ(S!Caps)を摂ったところ調子が戻ってよい結果をおさめることができたとのこと。
これについてNoakes教授は、「塩分の摂取が脳に刺激を与えて良い結果につながったといえるかもしれないが、塩分を取らなかったからパフォーマンスが落ちるとはいえない」とのこと。
(引用元:DogsorCaravanの同記事)

う~ん、もっといろいろな人の体験談が知りたいですね。特にフルとウルトラで違いがあるのか、なども知りたいところ。

あと気になったノックス氏の説明:
・ランニングによって体温が上昇する程度は、運動量、具体的には走るスピードによる。100マイルのウルトラマラソンではスピードはさほど出さないのだから、特段体温上昇を気にする必要はない。
(引用元:DogsorCaravanの同記事)

ということは、距離によっては多めに飲んだほうがいいのかな…?


面白い記事でしかも日本語なので、興味のある方はぜひ上のリンクから全文を読んでみてください。

まとめ

ポイントをまとめると、こんな感じかと。
  • 水分補給タイミングは、「渇いてから飲む」がベスト
    • 渇きセンサーは優秀
    • 距離/時間ごとに飲むのは、飲み過ぎるリスク
    • 飲み過ぎも、飲まなすぎも、両方まずい
  • 持久競技での脱水とパフォーマンスの関係には誤解がある
    • 体重減は発汗だけではないので、減った分だけ水分補給してたら飲み過ぎに
    • 少々の脱水は実はそこまで悪影響がない

もっと知りたい方は「Drink to thirst」「Noakes Waterlogged」などのキーワードでググるといろいろ情報が出てきますが、まだ日本語の記事はほとんどないようです。

感想

実は最初は眉唾セオリーかと思ってました。「ノドが渇いてると感じたら手遅れ」「走った後は走る前と同じぐらいの体重になるぐらい水分を補給しろ」「脱水はとにかく避けなくてはいけないし、パフォーマンス低下にも繋がる」などと、今まで良く目にしていましたので・・・。

でも説明を読んでみると、今は少し説得されてきました(まだ少し引っかかるところもありますがw)。

「渇いたら飲む」を実際に試している方がいたら、どういう結果になったか教えてくださいm(__)m


関連記事(ブログ内)


関連記事(外部サイト)

  • iRunFar - Waterlogged – A Dogma-Shattering Book?
    本文中で紹介した記事のパート1で、Waterlogged本の解説(英語のみ)。この本には「渇いたら飲む」以外にも、「水分補給は熱中症予防にはならない」「ウルトラでは塩分補給の必要はない」「尿の頻度・色はハイドレーションや腎臓機能とは関係ない」などの従来の常識を覆すような主張があるのですが、本記事ではそういった点には触れませんでした。

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3 件のコメント:

  1. ちゃらら2013/11/30 0:10

    なんとなく体感で飲み過ぎも飲まなすぎもまずいだろうなー、と感じてましたが……

    本当によく調べてらっしゃいますね!
    凄く参考になりありがたいです。

    すげーや(笑)

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    1. いい体感ですね(笑)
      こういうかたい系の記事はコメント少ない傾向がありますが、
      まだまだ書いていきますw
      コメントいただけて嬉しいです。

      削除
  2. 飲みすぎの不利益が低ナトリウム血症だけであるなら、岩本能史氏がすすめる大塚製薬のOS-1で給水するのが良いかもしれません。速いランナーには手間がかかるだけですが、遅いランナーやウルトラマラソンには可能性が。

    私も一回試しましたが、走行後に、うどん食べたい気持ちがでませんでした。飲みすぎても電解質や水は尿へ排出されるだけですし。

    まぁ、速く走れるわけではありませんが、絶食時の水分・電解質維持に使う医療用点滴と同じ成分なので、効きそうです。のどが乾く前にOS-1を飲むと。

    岩本能史著 非常識マラソンマネジメント レース直前24時間で30分速くなる! (ソフトバンク新書)

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