唾液(だえき)に含まれるDNAから、糖尿病や心臓病など約120の病気のリスクを判定していた遺伝子解析の米最大手「23アンドミー」(本社・カリフォルニア州)は、健康関連の情報提供をやめると発表した。
同社によると、今後も解析キットの販売は続けるが、判定は先祖にかかわる項目など一部に限定する。一方、判定や解釈を加えない生データの提供は続けるという。(引用元:朝日新聞デジタル - 米遺伝子解析企業、判定情報の提供中止 FDA警告受け)
23andMeはグーグル創業者の奥さんが創業したベンチャーで、業界最大手。私のオフィスメイトも試したみたいで、先日結果が出てきたと、すごく興奮した様子で結果画面を見せてくれましたw 利用者は50万人と、結構流行っていたようです…。
さて、遺伝子といえば、運動能力に関係ある遺伝子もいろいろあるようです。
※ただし、センセーショナルな書かれ方が多いので要注意。
日本語での網羅的な情報はあまりなく、探していて行き着いたのが、スタンフォード大の「ゲノム学とオーダーメイド医療」という授業。主にそこで見つけた「Genetics of Athletic Performance (PDF)」という資料を参考にしながら、まとめてみたいと思います。2012年の学生プロジェクトの発表スライドなんですが、めちゃくちゃよくまとまっています。
環境 vs 遺伝:運動能力を左右する要素
ジャック・ダニエルズ氏は有名な著書のイントロで、長距離競技で成功するための4大要素として、「Inherent Ability」「Motivation」「Opportunity」「Direction」を挙げています。
(参考記事:ダニエルズ氏とランニングフォーミュラ)
一方このスライドでの分類は、パフォーマンスを左右する要素を「環境」「遺伝」の2つに分け、さらに細かい要素に分解しています。
【環境要素】
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【遺伝要素】
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ところで遺伝つながりですが、数週間前、某元陸上選手の「アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%」の炎上発言がツイッターで話題になったそうです。
何%であっても、科学的エビデンスがどれだけあったとしても、社会的影響力のある人がうかつにそういう発言をするもんじゃないと思います。
どういう風に生まれたいかなんて、自分の努力ではコントロールできるものじゃないので。
アメリカだとそういった種類の発言は問題視されます。例を挙げると、ジェームズ・ワトソン氏とローレンス・サマーズ氏。前者はDNAの二重らせん構造でノーベル賞を取ったような人ですが、コールド・スプリング・ハーバー研究所の会長をそういった発言で辞任するはめに。後者も同様に、ハーバード大学の学長を舌禍辞職しています。
ACE
「遺伝」のほうを見ていくと、まず持久力に関係してそうな遺伝子はACE。
- I/I 型:持久能力 [p=0.009]
- D/D型:瞬発力 [p=0.004]
ただし、矛盾する結果も多く、8つの研究で運動能力との関係が見られたが、5つの研究では見られなかったそうです。まあ多数決じゃないので数はどうでもいいのですが、完全にはわかってないということですね。
また、オレゴンプロジェクト元コーチのマグネス氏が最近の論文を紹介していました。エリート選手層のケニア人のACE、エチオピア人のACEをそれぞれ調べた研究によると、どうもACE遺伝子のタイプの違いは持久力に関係なさそう、とここでも従来の仮説を覆す結果が出てきています。
その他関連文献
Gayagay et al., 1998、Montgomery et al., 1998、Montgomery et al., 1999、Myerson et al., 1999、Thompson et al., 2007。SNPedia。
ACTN3
スポーツ関連の遺伝子では、ACTN3も有名なようです。
まずは日経による説明。
スポーツで注目されている「ACTN3」遺伝子は筋肉構造の特徴を決めると言われている。研究は2003年にさかのぼる。「ACTN3」は、速筋の働きが安定する「R」と、持久的な体の働きが強くなる「X」の2種類の遺伝子で構成される。父母からそれぞれの遺伝子を受け継ぐため、その組み合わせは大きく「RR」(パワー・スプリント系)、「XX」(持久力系)、「RX」(パワー・スプリント/持久力系)という3つのタイプに分類できる。
シドニー大学などは2000年代前半、オーストラリアで50人のオリンピック選手を含む300人以上のトップアスリートを対象に「ACTN3」を調査。スピードスケートや短距離水泳種目の選手に「XXタイプ」が一人もいないことを解明した。さらにスポーツ競技を瞬発力が求められる競技と持久力が重要になる競技に分類して調べたところ、高い持久力を求められる競技の順に、「XXタイプ」の割合が高くなることが分かった。(引用元:日経新聞 - 筋肉を作る「スポーツ遺伝子」、トレーニングに生かす )
ACTN3と運動能力の研究は、上記事でも触れられている通り、Yang et al., 2003にさかのぼるようです。
- CC (=RR) 型:瞬発力 (p=0.0001)
- TT (=XX) 型:持久力 (p=0.148)
ただし、この研究の第二著者が寄稿したあるブログ記事によると、こんな注意事項が…。
ACTN3は運動能力に影響を及ぼすたくさんある要素の中のたった一つである
ACTN3は個々の筋肉のばらつきについてたった2~3%説明するのみです。
ACTN3はあなたの子供がスーパーアスリートになるかどうか教えてくれるわけではありません。(引用元:Science Blogs - The ACTN3 sports gene test: what can it really tell you?、強調は私による)
しかも、その後矛盾する結果も出ています。あるサーベイによると、RR型と瞬発力の関係があるとした研究が10つ、ないとした研究が2つ。XX型と持久力の関係があるとした研究が1つ、ないとした研究が7つ。
ちなみに、川内優輝選手の速さの秘密を知るべく、彼のACTN3遺伝子を某大学が調べた番組がYoutubeに載っていましたが、意外なことに川内選手はRR型だそうです。その動画ではRR型は回復力に関係していると分析していました。
関連書籍
アマゾンなか見!検索で調べたところ、以下の書籍がACTN3にからめた持久力の話を書いています。
1冊目ニュートンは例の2003年の研究ベースの話、その他2冊も恐らくそうかな?若原氏のは前述ACEも登場。2003年の研究があまりにインパクトがあったのか、書籍や報道では釣り気味の紹介のされ方が多い気がします。
その他関連文献
Roth et al., 2007、9つの関連研究のメタ分析をしたAlfred et al., 2011など。SNPedia。
その他遺伝子もろもろ
・・・すみません、全部紹介する予定でしたが、長くなるのでやめましたwつづきは上で紹介した資料でどうぞ。
他の遺伝子としては、以下が載っていました。
- ADRB1、ADRB2、ADRB3
- COL5A1、COL6A1
- EDN1
- MSTN
- NRF1、NRF2
- PPARGC1A
- AMPD1
- APOE
- BDKRB2
- SLC9A9
- FABP2
- UCP1
- : : :
COL5A1についてはコンペティター誌に先月「Study: Better Runners Are … Inflexible?」という記事が載っていました。この遺伝子がランニングエコノミーと関連しているのは先行研究で知られていたそうですが、2011年のある研究はちょっと視点が違います。70人のウルトラランナーを調べたら、COL5A1 BstUI RFLP型の人はランニングエコノミーが良く、かつ体が硬かったそう。実はCOL5A1が体の柔軟性に関係していて、柔軟性がないほうがバネが使えるとかなんとかで、ランニングエコノミーが良いのではないか、という論文です。体の硬い人は部位によっては怪我リスクも増えるみたいですが、柔軟性がないのがかえってランニングにプラスになっている可能性もあるんですね。私は硬いので、本当なら良いニュースです。
MSTN(ミオスタチン)は筋肉量に関係していることで知られているそうです。ネットでよく見る(?)筋肉ムキムキの犬は、この遺伝子変異によるものだそうです。
(写真: Google Image - "bully whippet")
まとめ
遺伝子が個人で気軽に調べられる時代ですが、まだまだわかっていないことも多かったり、解釈が難しいので、振り回されないようにお気をつけください…。(そういう混乱があるからたぶんFDAも検査を規制するんですよね。)まあランニングに限って言えば、市民ランナーレベルだったら環境要素のほうが大きくて、あんまり関係ない話かもしれないですけどねw
またスライドには、実際はパフォーマンスは複合的要因で決まると書いてあります。そこらへんの話は「科学的トレーニングで知っておきたいこと」でも書きましたので、よければそちらの記事もどうぞ。
またこちらの拙記事もあわせてどうぞ。
関連記事: 23andMe
- Not so open-minded that our brains drop out. 科学とニセ科学について書くブログ
- 読売新聞 - 渡辺千賀の起業報告fromシリコンバレー
- Fellrnr.com - Genetic Testing - 某ランナーさんが自身の23andMeの結果を公開してるページ
関連記事: 遺伝子解析と規制
- Stanford U - Gene 210 - Bioethics of Personalized Genomics and Genetic testing (PDF)
- (2013/12/9) Wired - 提訴された「23andMe」、遺伝子分析による医療情報提供を停止
- (2013/12/9) 日経新聞 - 米遺伝子検査ベンチャー、販売中止命令後もデータ提供
- (2013/12/12) Science 2.0 - The Problem For 23andMe And The FDA: People Don't Understand Genetic Test Results Or Their Implications
はじめまして!
返信削除いろいろランニング関係のネットを見ていたら、こちらに見入ってしまいました。
ここまで詳しく書くためには、念入りな下調べが必要でしょうから、頭が下がる思いです。
私も市民ランナーですが、大いにこちらの記事を参考にさせていただきます。
これから読むのが楽しみです♪
はじめまして!
削除実はあんまり知識ないので、調べながらでないと全然書けないんです・・・(笑)
いくらかでもご参考になれば幸いです。
今後ともよろしくお願いしますm(__)m