2013/11/13

科学的トレーニングについて知っておきたいこと<前編>

ランニングにおける10の俗説」の記事に関連してそれぞれの俗説を掘り下げようと思いましたが、その前にコメントいただいた内容に関連して、科学的トレーニングの注意点を調べながらまとめてみようかと思います。

そもそもスポーツ科学とは

スポーツ科学とは、科学的な理論や技術をスポーツにおけるパフォーマンス向上に応用するための分野。
(引用元:Wikipedia - Sports Science

科学的トレーニングというと、全くなじみのない人にとっては、なんだかあやしげなマッドサイエンティストが特殊な器具やサプリを薦めているようなイメージがあるかもしれません(笑)。少なくとも某選手のインタビュー動画ではそう感じている印象を受けました。

私のイメージではこんなかんじです。
例えば「○△□をするとタイムが縮んだ」ということを見つけたとします。

○△□はインターバルのようなトレーニング方法かもしれませんし、前傾姿勢のようなフォームのことかもしれませんし、カーボローディングのような栄養関係の話かもしれませんし、シューズやウェアかもしれませんし、「左足からシューズを履いた時はいい結果が出る」(ジョー・フリールコーチのエピソードより)というおまじない/ゲン担ぎかもしれません(笑)

○△□がたまたまなのか、本当に効果があるのかを理論やデータから科学的手法で検証してから導入すること。それが科学的トレーニングなのではないか、と素人ながら解釈しています。

少しでも速くなると聞けば、おまじないの類だろうが真っ先に飛びついてしまうランナーは多いと思います。ランニングだけではなく、他の分野でも同様のようです。
“ブロウサイエンスとは、ボディビル界でのリーズニングの有力ブランドのことで、重い物を持ちあげてデッカクなった奴の逸話的な話しの方が、科学よりも信頼性があると考えられている。
一例を挙げると、
兄ちゃん!スクワットラックカールの最終セットが終わってから7秒以内に、カーボslam 40-60グラム(トウモロコシ成分で無糖)とBCAA20グラムを摂取しないと、筋肉がカタボリック(異化・分解)しちゃうよ!“といった具合です。
ダイエット、フィットネス、ウェイトトレーニングの分野では、ブロウサイエンスが蔓延しています。
(引用元:Nice Body Make・・・よもやま話: 第146回 サイエンス vs 都市伝説

難しいのは、おまじない・ゲン担ぎですら、プラセボ効果で実際に若干効くケースもあるところ。

そして、ちゃんと査読を経て発表されたような研究結果であっても、矛盾する結果が頻繁にあったり、個人差があったりで、何をどう信じていいのか・・・。

というわけで、科学にはどう向き合えばよいのでしょうか。

アンチサイエンス vs 科学盲信、どちらが正しい?


新しいトレーニング手法を積極的に試しているナイキのチーム(関連記事:モハメド・ファラー所属のオレゴンプロジェクトとは?)に2年間コーチとして在籍し、現在はヒューストン大学のクロスカントリーのヘッド・コーチを務めるスティーブ・マグネスさんというコーチがいます。

運動科学の修士号を持ち、ツイッターで「運動科学ギーク」を自称するこのコーチですが、ランニングを科学するブログ、その名もサイエンス・オブ・ランニングでも有名です。

そのマグネス氏が、「Integrating and Applying Science to Coaching」(コーチングへの科学の応用・導入について)という興味深い講演スライドを惜しげも無くスライドシェアにて公開しています。

コーチ向けの資料ですが、セルフ・コーチングの市民ランナーにもすごく役立つと思いますので、少しご紹介します。研究の利点とともに限界点も理解し、科学的トレーニングを正しく取り入れましょう、というような内容です。

(スライド、2ページ目)

まず冒頭で、科学的手法に対する態度として、コーチは「全く信じない」か「妄信的に信じる」人の2タイプに分かれがちだが、それは両方とも間違っているとバッサリ切っています。

前者は、経験則・直感・ときに精神論で指導するタイプのコーチでしょうか。本当に効果があることを指導してもらえるならいいですが、「練習では水を飲まない」「足腰を鍛えるにはうさぎ跳び」のように、現在では合理的とされないような指導が入る可能性はありますね。

一方後者は、データや理論などを表面的・盲目的に信じるタイプのコーチ。こちらは何が問題なのかというのがこの講演の重要テーマのようです。


研究では個人差は軽視されがち


平均 vs 個人

マグネス氏のスライドには「研究で扱うのは平均であり、そこに個人差は現れない」というような説明があります。

研究で「○△□で△%速くなる」などと結果が出ても、それは平均でみた時の話であり、人によっては変わらないかもしれないし、パフォーマンスは下がる可能性もありえるのです。

例えば、ある速くなる練習方法○△□があったとき、複数の人に試してみてビフォー・アフターを比べたら、下のようなグラフになったとします(横軸:時間、縦軸:評価指標)。

(スライド、7ページ目)

研究者は平均で見るので、この実験結果は「○△□では変化なし」となりがち。

一方コーチの場合は、「全体で見たら変わらないかもしれないが、個人差はこんなにある」ということを理解しないといけない。と、マグネス氏が言いたいのはそういうことでしょうね。

※一応研究者も、まともな人だったら表面上の数字だけ見ないでデータも見るはずです。

個人差を考えてコーチングすることの大切さ

ところでジャック・ダニエルズ氏も、選手を個人個人として扱うことが大切だと説いています。(関連記事:ダニエルズの「コーチング」フォーミュラ

例えば、ダニエルズさんの講演動画や本で紹介されている、ジェリー・リンドグレン元米五輪選手。5000mの全米高校記録をゲーレン・ラップが破るまで40年間保持した名選手のようです。彼の一番走った年の平均週間走行距離は386km!月間だと1700km弱ですかね。最大で週に580km練習したというからすごいです。しかもこれだけ走って、たった一度しか故障しなかったそうです(その一度の原因は、車にはねられたから)。

選手クラスでもそういうタフな脚を持つ人もいれば、故障がちな選手もいるわけで、ひとまとめにコーチ同じメニューを課したりするのは間違いだと、ダニエルズ氏は強調しています。

思うに、その対極の考え方は、みな同じペースで同じメニューを集団走する「量産型」のコーチングなのかもしれません。
 今年、箱根駅伝に出場した大学の駅伝部指導者も、個人の能力が伸びない事情を明かす。

「もし仮に、箱根駅伝がなくなれば、有望な選手にオーダーメードの指導が可能になり、選手の能力をより引き出すことはできるでしょう。でも、現状では箱根を目指すしかない。団体戦ですから、露骨な特別扱いはできないのです」

 これでは、将来性豊かな若き才能に、五輪で戦える指導をすることは難しい。箱根駅伝は1920年、日本マラソンの父・金栗四三により「世界に通用するランナーを育成したい」という理念のもと創設されたもの。学校経営というビジネスに利用される側面は避けられない現実だが、その理念を無視している大学も少なくない。

スターはいらない」という考えを持つ指導者が、選手の将来より大学の広告効果のほうに重きを置けば、学生選手権などのトラック競技を軽視し、一年中、箱根で走るための偏ったトレーニングばかりを行う。箱根の1区間は4区を除いてすべて20km以上。その距離を走り続けることで選手は皆、同じような〝箱根仕様〟になっていく。例えるなら、圧倒的な馬力を誇るポルシェを1台作るより、燃費がよく壊れにくいプリウスを10台作ることを優先し、事実、それで箱根を制した大学も存在する。
(引用元:現代スポーツ - 新春特別研究「マラソンでメダル」が見たいのに……なぜ日本人には「箱根駅伝までの選手」が多いのか、強調は私による)


科学的トレーニングの注意点、まだまだつづきます。

中編につづく


追記:マグネス氏の濃いブログがついに書籍化。詳しくはこちらの記事で触れました。
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2 件のコメント:

  1. Meddlesome181

    科学とは確率論つまり普遍性(not 特異性)です。
    トレーニング理論の原理原則の中に「個別性の原則」があります。
    ゆえに大事なポイントは、普遍的な科学的データを、各個人が臨床面/実践面で如何に選択的に活用していくかと言うことでしょう。

    プラセボと言えば、アメリカ国立衛生研究所では、瞑想や祈りなどが慢性疾患にどのように効くか巨費を投じて研究しているらしいですね。
    セルフトークとは感情や行動を左右する「特別なひとり言」という意味ですが、直近の英Bangor大学の研究では、セルフトークが主観的運動強度を弱め、耐久性パフォーマンスを高めることが判ったそうです。
    それから、神楽坂の拝み屋の婆さんに祈祷してもらい、ダイエットに成功した例もあるそうです・・・これなんぞきっと眉唾ものでしょうね (^.^)
    失礼しました!

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    1. またもや記事を引用させていただき、ありがとうございますm(__)m

      そうですね、応用系だと特に、系が複雑すぎて確率的にとらえたほうがしっくり来るのかもしれませんね。数値での評価も選択的に使いやすいように、場合分けして実験するとか、とりうる値の範囲をクオンタイル付きとかで出してくれるだけでも使いやすいのかもしれません。この分野はサンプルサイズが小さすぎて難しいのかもしれませんが(^_^;)

      独り言でパフォーマンスが上がるかという研究は面白いですね。心理が絡むランニングのテーマってなかなか見ない気がするので・・・。

      拝み屋の婆さんダイエット・・・(笑)テレビでとりあげたら殺到するんでしょうね。

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