ラベル マグネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル マグネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014/05/31

なぜ運動前の静的ストレッチは逆効果なのか?

大分前に紹介した「賛否両論?ランニングにおける10の俗説」のうち、今回は次の俗説について掘り下げてみたいと思います。


2. ランニングの前にストレッチをすべし
トライアスロンのコーチ、ホリー・ケニー氏の説明によれば、筋肉が温まる前のストレッチは、故障のリスクが高まりますとのこと。

筋肉を伸ばしたまま数十秒静止するいわゆるストレッチは、厳密には静的(スタティック)ストレッチと呼ばれており、運動前に行うことの有害説が近年広まってきています。

この静的ストレッチ有害説、まだ知らなくても無理はありません。プロの方たち(理学療法士、コーチなど)にもまだ完全には広まっていないという、比較的新しい発見なのですから…。


発端

ジェフ・ゴーデットさん(コーチ・著者・フルPR2:22のランナー)の記事によると、Dr. Herbert Popeという研究者のこの論文によって、運動前に静的ストレッチをしてもしなくてもケガの発生とは全く関係ないことがわかったそうです。※すでに故障持ちの方は例外

2000年に発表されたこの研究を発端に、一気に研究が進んだようです。その後、静的ストレッチあるなしで比較をして、実は静的ストレッチをするとかえって垂直跳びや陸上タイムなどのパフォーマンスが落ちる!という研究報告が、いろんな独立した研究から出てきてしまいました。

スポーツ医学団体の見解

NYタイムズやランナーズワールドなどいろいろなところでも取り上げられ、各方面に広まってきています。

ランナーズワールドの「Should I Stretch Before or After My Runs?」(ランの前か後にストレッチをするべきですか?)という記事から紹介すると・・・
専門家によれば、静的ストレッチ(筋肉を伸ばしたまま数十秒静止するストレッチ)は練習前後どちらもすべきではないとされています。練習前は特にで、もしどうしてもやりたいなら練習後にとのこと。このテーマは近年よく論争されていますが、静的ストレッチが怪我を予防したりパフォーマスを向上させるエビデンスはなく、むしろ逆に怪我につながるとのエビデンスあり。
とのこと。

多くの新しい研究結果から、欧州スポーツ医学会のストレッチに関する公式見解では、「最大筋力を測る実験では、静的ストレッチがパフォーマンス低下につながる可能性のある固い証拠が見つかっている」と、スポーツ医学会も従来の考えを見直すに至っています。

※このブログではよく取り上げていますが、スポーツ界ではエビデンス(=根拠・証拠、特に医学生物学系では理論より実験と統計的分析によるもの)もないのに信じられている俗説が意外と多いです。

静的ストレッチあるなしでどれだけパフォーマンスに差が出る?

トップアスリートを多く抱えるナイキオレゴンプロジェクト(記事)の元コーチでスポーツ科学の専門家であるマグネス氏のブログのStretching?? Is it useless?という記事に静的ストレッチをした場合としなかった場合の研究報告が載っていました。
  • 単純運動:ニーエクステンションからベンチプレスまでいろいろなエキササイズで、1RMの6~8%の減少が見られた(※1RM=1回だけならかろうじて反復させられるぐらいの限界の重量)。
  • 垂直跳び:コンスタントに4~5%距離が落ちる報告があります。
  • ジャンプ系テスト:地面接地時間が伸びることがわかっています(ランニングではこれはマイナス)。
  • 40mダッシュ:大学陸上部(LSU)を対象にした実験だと、0.1秒遅くなりました。

これらの研究では、静的ストレッチの静止時間を15秒と30秒で比べても同じような結果で、逆に言うとたった15秒だけ伸ばしただけでマイナス効果が見られたとのこと。やり過ぎた時に悪影響とかではなく、適度に思われる静的ストレッチでも影響が出てしまうんですね。

一方2012年のサーベイ論文によると、もっと長い(60秒以上)静的ストレッチだと悪影響、と少し違う結論を出しています。

なおこの論文は静的ストレッチが筋肉の最大パフォーマンスに及ぼす影響を調べた査読付き論文4559件を調査した力作(そんなにあるのか…!)。その中で統計や実験設定がまともなのだけを選び、傾向を報告しています。グラフを1枚抜き出してみると、多くの独立した研究で同じような傾向、つまり静的ストレッチをすると瞬発力が下がっていることがわかります。

静的ストレッチの効果はマイナス

パワー系は平均して5%もパフォーマンスが下がるんですね…。

静的ストレッチがダメな理由

マグネス氏の同ブログは、ランニングにおける悪影響の原因として、弾性エネルギー(バネ)が失われることを主因としています。
(ストレッチは成績向上につながる?)いいえ、逆に害があります。短距離から長距離まで、多くの研究がパフォーマンスを下げることを裏付けています。どうしてかって?それは神経筋回りで起きる現象が主因なのですが、静的ストレッチにより筋動員低下・筋系の剛性低下が見られ、その結果ランニング中における弾性エネルギーが低下するのです。(訳注:つまり「バネ」が失われるってことですかね。)
The Science of Running - Common Misconceptions in Running


また別記事ではマグネス氏はこう説明します。
バネは固いほうがより多くのエネルギーを蓄え、また放出することができます。昔ならった物理の授業を思い出してください。フックの法則F=-kxによればバネの力Fは変位xとバネ固有の固さkに従います。わかりやすく言えば、硬いバネのほうがより「自由」なエネルギーを持ち、効率がいいということ。長距離走者が走れば走るほど体が硬くなるのには理由があるのです、つまり人間の体は順応するということ。
The Science of Running - Stretching?? Is it useless?

ストレッチして柔らかくなったほうが速くなるというのは、ほとんどのランナーが信じていることだが、実は間違っている・・・との主張です。(学術的な詳細は、こちらの関連文献をご覧ください:論文1、論文2、論文3)


静的ストレッチ有害説の信ぴょう性は高い

同ブログによると、静的ストレッチが有害という仮説は、実験がコントロールしやすいので裏付けの信ぴょう性が高いそうです。
実際の所、長距離走において、ほとんどすべてのスポーツサイエンスの研究結果は競技には役立たずだと思う。モデル上の説明変数を分離しようとするのはいいけれど、本当は変数というは独立したものではないので、全体へ及ぼす影響を無視しているからだ。

だが、ストレッチングの研究は少し違う。結果(パフォーマンス)に対して変数がコントロールしやすいという実験環境にあるからだ。なので、ストレッチをしたときとしていない時で結果がどう変わるかなどが簡単に実験できる。こういった種類の研究はアスリートにとっても役に立つものなのだ。
The Science of Running - Common Misconceptions in Running

「ほとんどすべてのスポーツサイエンスの研究結果は競技には役立たずだと思う」・・・言い切りましたね。現場も知り尽くし、運動生理学の修士まで取り、いろいろな論文を読みあさってブログ紹介しているマグネス氏が言うだけに、痛快です。

他のトピックでも多々あるように、矛盾する結果が報告されることはあるようです(例:十分ウォームアップしてからなら悪影響はなくなるとの論文と、十分ウォームアップしても悪影響があるとする論文)。

ただ、多くの独立した研究結果が「静的ストレッチ→最大筋力低下」合致しているようです。

では静的ストレッチが役に立つのはどういう時?

運動後

(決定的な証拠はないが可能性としては、)もし仮にストレッチによってIGF-1 (インスリン様成長因子)と MGF(メカノ成長因子)の濃度が上昇するなら、運動後の静的ストレッチには効果がある。これらのホルモンを放出させてあげられれば、回復は早くなる上、適応とパフォーマンス向上につながるだろう。
The Science of Running - Stretching?? Is it useless?


故障持ちの人や慢性的な筋肉の緊張がある人

静的ストレッチで可動域が広がっても、それはランニングに本来必要のない箇所の場合が多いです。ただし、ケガや慢性的な筋肉の緊張がある人の場合(例えばふくらはぎなど)、走るのに必要な可動域が普通の人とは変わってくる場合があります。アキレス腱の痛みにつながるぐらいの固いふくらはぎは、ランに必要な足首関節や足底屈の動きを制限してしまうことがあり、そういう人には練習前でも静的ストレッチで可動域を広げることが効果的になります。
The Science of Running - Common Misconceptions in Running

では具体的な症状名はというと、五輪マラソン選手団のコーチなどを務めたマリオ・フライオーリさんの記事によれば、足底筋膜炎やアキレス腱炎にはふくらはぎの静的ストレッチが効果的な模様。故障持ちの方は、主治医にご相談を。


それから、ランニング以外の競技で柔軟性が求められるものや、試合前であっても静的ストレッチによって広げられる可動域によるメリットのある運動では、したほうがいいのかもしれません。これまでの研究からは、一番悪影響が大きいのは瞬発系競技の試合前と推測できます。

練習前は動的ストレッチを

勘違いしてはいけないのは、動的(ダイナミック)ストレッチのほうはむしろ推奨されており、練習前に行うとパフォーマンスが向上することが知られています。

動的ストレッチとは、アメリカスポーツ医学会の出しているACSM's Guidelines for Exercise Testing and Prescriptionによると「ある姿勢から別の姿勢までゆっくり移動し、回数を重ねるごとに徐々に範囲・可動域を広げていくストレッチ法」。

※「ダイナミック」という言葉から連想される激しい動きという意味ではないので注意。

たとえばランニング・タイムズ誌の「練習とレース前はダイナミックストレッチのほうが良い」(英語記事)という記事で紹介されていたメニューは、以下のとおり。

ダイナミックストレッチの例


他にもやり方はYoutubeで探すと動画がいっぱい見つかります。アスリートがやっている動画もあります。


まとめ

「なんとなく」の習慣で運動前に静的ストレッチ(筋肉を伸ばしたまま数十秒静止するタイプのストレッチ)をしている人は多いと思います。

ここ10~15年で急速に研究が進み、運動前の静的ストレッチはパフォーマンスを下げる(特に瞬発系)というエビデンスが多数報告されています。

運動前は静的ストレッチではなく動的ストレッチを、そして静的ストレッチをするなら運動後がいいようです。

※ケガで可動域の問題があるなどの事情がある場合は別。運動種目によっても違うので、詳細は整形外科にご相談を。

おまけ:マグネス氏のThe Science of Running書籍化!

上で引用しまくったマグネス氏のランニングブログ「The Science of Running」ですが、トップアスリートを指導した経験と、最先端の論文からの理論の両方から導き出された知見が惜しげも無く披露されており、大変貴重なリソースです。(ところでマグネス氏がアシスタント・コーチとして働いていたナイキ・オレゴンプロジェクトのゲーレン・ラップ選手が、昨日、事前に予告していたとおり10000mの米国新記録26:44:36を打ち立てました→動画。すごすぎです。この記事でマグネスが語るところによれば、ラップが他の選手と違うのは驚異的な回復力だそうで遺伝、トレーニング両方によるものだろうと語っていました。)

そのマグネス氏のブログが、今年2月に書籍化されていました。The Science of Runningの名の通り、スポーツ科学バリバリの濃い内容で、22章、344ページからなる力作です。アマゾンUSのレビューは、発売3ヶ月ちょっとで40件、5段階中4.5と高評価!日本のアマゾンでもキンドル版と紙の本が買えますが、英語版のみです。


本書には、こんなことが書かれているそうです(裏表紙より)。
  • 疲労とは何か?脳を中心とした疲労についての理論を最先端の研究から紹介
  • なぜ最大酸素摂取量はラボとトラック両方で過大評価・誤解されているのか
  • 心拍「ゾーン」トレーニングは、なぜベストなトレーニングではないのか
  • 練習を個々の生理学的特性に合ったものにカスタマイズする方法
  • 練習プロセスを「刺激」と「適応」という観点からユニークに評価する方法
  • 800mからフルマラソンまでの完全な練習メニュー例
レビューによれば、単なる医学・生物学のゴタクが並べてあるのではなく、すぐランニングに役立つエビデンスベースの知識が書いてある印象。

面白そう・・・(゚A゚;)ゴクリ


マグネス氏の科学ベースのトレーニングに対する考え方はこの記事でも紹介したのですが、彼の作ったあるスライド(下図参照)に集約されていると思います。コーチはアンチサイエンスかサイエンス盲信派の両極端に分かれがちだが、それは両方とも間違っていて、強み・弱みを理解した上で、強くなるための科学知見を有効に利用しようということですね。


【著者プロフィール】
スティーブ・マグネス(Twitter: @stevemagness)
現在ヒューストン大学クロスカントリーチーム、ヘッドコーチ。現在コーチする主な選手はJackie Areson (2013世界陸上出場、4:12-1500、15:12-5k)、Sara Hall、Tommy Schmitz。ナイキ・オレゴンプロジェクトでのアシスタント・コーチ経験、オリンピック選手への指導経験もあり。1マイルでのテキサス州高校記録(4:01.02)を保持する元中長距離選手。ヒューストン大学学士(運動生理学、2008年)。ジョージ・メーソン大学修士(運動生理学、2011年)。


関連記事(ブログ内)


関連記事(外部サイト)

▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2014/02/04

持久系の運動をしている人は、抗酸化サプリ摂取に注意

昨日発表されたばかりの気になる論文を ScienceDaily 経由で見つけたので、軽く紹介します。
一言で言うと、ビタミンC、Eのサプリを飲むと、持久力がつくにくくなるという実験結果が出たそうです。


タイトル:Vitamin C and E supplementation hampers cellular adaptation to endurance training in humans: a double-blind randomized controlled trial(ビタミンCとEのサプリ摂取は、ヒトにおける持久トレーニングへの細胞順応を妨げる:無作為化二重盲検プラセボ対照試験)

背景として、最近の研究では抗酸化サプリがエキササイズ効果(例:持久トレーニングにおけるミトコンドリア発生など)を鈍らせるのではないか、ということが指摘されているそうです。まだヒトへの研究結果は少なく、矛盾した結果もあるとのこと。

そこでこの研究では、54人の若者を2つのグループに分け、片方には一日当たりビタミンC 1000mgとビタミンE 235mgのサプリを、もう片方には有効成分のない偽薬を与え、11週間トレーニングしてもらったそうです。

トレーニング内容は週3~4回で、HRmax90%以上の負荷のHIITと、HRmax70-90%程度の30分~60分のランニング。

11週間後に2つのグループを調べたところ、最大酸素摂取量(VO2max)と20mシャトルテスト(往復ダッシュ)の成績に変化は見られなかった。ところが、筋肉を細胞レベルで見てみると、前者のグループでは持久力向上に関連するCOX4(ミトコンドリア内膜局在タンパク質複合体)の増加が妨げられていたことがわかった。他のマーカーからも、抗酸化サプリが細胞のシグナル伝達に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

結論として、持久トレーニングをする人は、抗酸化サプリの摂取には気をつけたほうがいいとのこと。


ビタミンC、Eは持久系スポーツに良くない
Figure 1




Figure 5

以上、こちらの論文からでした。

Paulsen G, Cumming K, Holden G, Hallen J, Ronnestad B, Sveen O, Skaug A, Paur I, Bastani N, Ostgaard H, Buer C, Midttun M, Freuchen F, Wiig H, Ulseth E, Garthe I, Blomhoff R, Benestad H and Raastad T. Vitamin C and E supplementation hampers cellular adaptation to endurance training in humans: a double-blind randomized control trial. Journal of Physiology, February 2014 DOI: 10.1113/jphysiol.2013.267419

こういう分野にしては珍しく、上のリンクからウェブで全文公開されてます。


上の論文でキーワードとなってくる、「ミトコンドリア」と持久力の関係については、次の文章がわかりやすいです。
ロード・レースの基礎である持久力に大きく影響するのがミトコンドリアや毛細血管だといわれている。というのも長時間運動する場合には主として糖や脂肪からエネルギーを生み出すことになるが、その役割を担うのがミトコンドリアだからだ。また毛細血管には、血液に含まれる酸素などを筋肉へと送り届ける役割などがある。ミトコンドリアや毛細血管を増やすためのトレーニング方法としては、LSDやLT付近での練習(L2~L4辺り)がよく知られているが、これにはちょっとした注意点がある。

それはミトコンドリアや毛細血管は使った筋繊維でしか増えないという指摘がある点だ。
(じてトレ - LTを上げるのに高強度練を組合せた方が効果的と考えられる理由)


ちなみに「抗酸化サプリ」とは・・・
活性酸素の働きを抑えるベータ・カロテン、ビタミンA・C・E、セレニウム(ミネラルの一種)などは、「抗酸化微量栄養素」とよばれる。これらの栄養素を、食物を通して食べるだけではなく、サプリメント(抗酸化サプリメント)として多量に投与することで、心筋梗塞・脳梗塞・がんの予防などを通して、健康を改善する可能性が考えられてきた。
(引用元:apital - 抗酸化サプリをのみ続けると、かえって寿命を縮める可能性)

上の記事は別の論文紹介ですが、なんとなく健康によさそう、とサプリを飲むのは危険そうです。詳しくはリンクをたどってみてください。



ところで、ちょっと風邪気味だった私が最近飲んでるサプリが、Emergen-C。
成分表を見たらビタミンCが1,000mg入ってます。
用法には1日2回までと書いてあるので、1日計2,000mg((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

箱には「1000mgのビタミンCや抗酸化物質は、あなたの免疫システムをサポートします(※)」と書いてあり、下の方にちっちゃく「※FDAによって評価が裏付けられたわけではありません。この製品はいかなる病気の予防などを意図しているわけではありません。」と書いてありました。薬事法みたいなので書かされてるんでしょうけど、まあちゃんと書いてるだけまともな製品ですね。他のサプリとか見たことないんで他がどうだかわかりませんが。



▲Emergen-C


まだいっぱい残ってるけど、これからは調子が悪い時だけ飲もうかな・・・。



活性酸素を抑えるため、抗酸化サプリを飲むべきか?


2014/2/7追記

「有酸素運動をすると有害な活性酸素が発生して老化したりするので、対策として抗酸化物質を摂るべき」というようなことがよく言われていますが、ランナーは抗酸化サプリを飲むべきなのでしょうか?

その話題に関連した記事をいくつか探しました。取り急ぎ、英語のまま引用します。後日、日本語での詳細をまた追記するかもしれません。


  • (2013/11) Competitor - Should Runners Take Antioxidants During Exercise?「ランナーは練習中に抗酸化物質を摂るべきか?」
    これは良記事。抗酸化サプリを摂るべきかどうかについてですが、「In recent years, exercise scientists have been trying to figure out whether antioxidant supplementation during exercise is an aid or a crutch. This question is not yet settled」と完璧な正解がまだ見つかっていないとした上で、最新の研究結果から、「Consequently, when free radicals are prevented from performing their full actions by antioxidants consumed during a workout, that workout may yield less benefit.」と抗酸化物質の負の側面を紹介。結局「We recommend that an adequate intake of vitamins and minerals through a varied and balanced diet remains the best approach to maintain the optimal antioxidant status in exercising individuals.」とのことで、食事から十分摂るのが推奨となっています。
  • (2009/11) The Science of Running - Antioxidants=Overated「抗酸化物質=過大評価されすぎ」
    オレゴンプロジェクト(米トップ実業団チーム)元コーチのマグネス氏のブログの記事。
  • (2013/7) Runner's World - Sweat Science - Resveratrol Blocks the Benefits of Exercise「レスベラトロールはエキササイズからの恩恵を妨げる」
    ランナーズワールド誌の人気ライター、アレックス・ハッチンソン氏が最新論文を紹介する記事。レスベラトロールは赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種で、抗酸化物質だそうです。
  • (2013/10) Runner's World - Sweat Science - When Exercise and Supplements Don't Mix「エキササイズとサプリメントの相性が悪いとき」
    上と同様レスベラトロールの記事だが、別の研究論文の紹介。
  • (2007/12) Running Times - Fueling the Runner: Anti-Oxidants
    ちょっと古い記事です。管理栄養士でフルベスト2:45のママさんランナーが、当時の最新研究を紹介しています。「Supplements may seem like the easiest way of ensuring that you are meeting your antioxidant needs.  However, there are a few important things to remember in considering supplementation.  First, we already know of over 5,000 different antioxidants.  A runner can be shortchanged by consuming only one or two antioxidants via supplementation.  A diet rich in variety of whole foods containing many antioxidants is encouraged.  Second, excessive amounts of antioxidants can themselves become free radicals (1).  This situation can occur when using supplements.  Finally, supplementation can also offset the benefits of other nutrients and can be toxic when consumed in excess.  」


別に抗酸化サプリ批判の記事だけを意識して集めたわけではないですが、結果的にそういう傾向になりました。

以下個人的な意見ですが、健康の不安を煽るような宣伝文句を見たら、誰がどういう根拠で書いているかを見ると良いと思います。サプリ業者などは、サプリのマイナス面は書きませんので、差し引いて考える必要があると思います。また対極の、極端な自然派志向も、根拠に注意して参考にする必要があると思います。


関連記事(ブログ内)



▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/12/13

スポーツと遺伝(スタンフォード大学ゲノム学資料より)

アメリカに23andMeという遺伝子(SNP)解析を受けられるサービスがあります。専用容器にサンプルを入れて郵送すると、1万円ほどで解析してくれ、結果をウェブで見られるというものなんですが、どうもここ最近、FDAと揉めている模様…。

唾液(だえき)に含まれるDNAから、糖尿病や心臓病など約120の病気のリスクを判定していた遺伝子解析の米最大手「23アンドミー」(本社・カリフォルニア州)は、健康関連の情報提供をやめると発表した。
同社によると、今後も解析キットの販売は続けるが、判定は先祖にかかわる項目など一部に限定する。一方、判定や解釈を加えない生データの提供は続けるという。
(引用元:朝日新聞デジタル - 米遺伝子解析企業、判定情報の提供中止 FDA警告受け)


23andMeはグーグル創業者の奥さんが創業したベンチャーで、業界最大手。私のオフィスメイトも試したみたいで、先日結果が出てきたと、すごく興奮した様子で結果画面を見せてくれましたw 利用者は50万人と、結構流行っていたようです…。


さて、遺伝子といえば、運動能力に関係ある遺伝子もいろいろあるようです。
※ただし、センセーショナルな書かれ方が多いので要注意。

日本語での網羅的な情報はあまりなく、探していて行き着いたのが、スタンフォード大の「ゲノム学とオーダーメイド医療」という授業。主にそこで見つけた「Genetics of Athletic Performance (PDF)」という資料を参考にしながら、まとめてみたいと思います。2012年の学生プロジェクトの発表スライドなんですが、めちゃくちゃよくまとまっています。

環境 vs 遺伝:運動能力を左右する要素


ジャック・ダニエルズ氏は有名な著書のイントロで、長距離競技で成功するための4大要素として、「Inherent Ability」「Motivation」「Opportunity」「Direction」を挙げています。
(参考記事:ダニエルズ氏とランニングフォーミュラ)

一方このスライドでの分類は、パフォーマンスを左右する要素を「環境」「遺伝」の2つに分け、さらに細かい要素に分解しています。


【環境要素】

 Page 3


【遺伝要素】

Page 4


ところで遺伝つながりですが、数週間前、某元陸上選手の「アスリートもまずその体に生まれるかどうかが99%」の炎上発言がツイッターで話題になったそうです。

何%であっても、科学的エビデンスがどれだけあったとしても、社会的影響力のある人がうかつにそういう発言をするもんじゃないと思います。

どういう風に生まれたいかなんて、自分の努力ではコントロールできるものじゃないので。

アメリカだとそういった種類の発言は問題視されます。例を挙げると、ジェームズ・ワトソン氏とローレンス・サマーズ氏。前者はDNAの二重らせん構造でノーベル賞を取ったような人ですが、コールド・スプリング・ハーバー研究所の会長をそういった発言で辞任するはめに。後者も同様に、ハーバード大学の学長を舌禍辞職しています。

ACE

「遺伝」のほうを見ていくと、まず持久力に関係してそうな遺伝子はACE。
  • I/I 型:持久能力 [p=0.009]
  • D/D型:瞬発力 [p=0.004]

ただし、矛盾する結果も多く、8つの研究で運動能力との関係が見られたが、5つの研究では見られなかったそうです。まあ多数決じゃないので数はどうでもいいのですが、完全にはわかってないということですね。

また、オレゴンプロジェクト元コーチのマグネス氏が最近の論文を紹介していました。エリート選手層のケニア人のACE、エチオピア人のACEをそれぞれ調べた研究によると、どうもACE遺伝子のタイプの違いは持久力に関係なさそう、とここでも従来の仮説を覆す結果が出てきています。


その他関連文献
Gayagay et al., 1998、Montgomery et al., 1998、Montgomery et al., 1999、Myerson et al., 1999、Thompson et al., 2007。SNPedia。


ACTN3

スポーツ関連の遺伝子では、ACTN3も有名なようです。

(CG: Wikipedia - Actinin, alpha 3)

まずは日経による説明。
スポーツで注目されている「ACTN3」遺伝子は筋肉構造の特徴を決めると言われている。研究は2003年にさかのぼる。「ACTN3」は、速筋の働きが安定する「R」と、持久的な体の働きが強くなる「X」の2種類の遺伝子で構成される。父母からそれぞれの遺伝子を受け継ぐため、その組み合わせは大きく「RR」(パワー・スプリント系)、「XX」(持久力系)、「RX」(パワー・スプリント/持久力系)という3つのタイプに分類できる。
シドニー大学などは2000年代前半、オーストラリアで50人のオリンピック選手を含む300人以上のトップアスリートを対象に「ACTN3」を調査。スピードスケートや短距離水泳種目の選手に「XXタイプ」が一人もいないことを解明した。さらにスポーツ競技を瞬発力が求められる競技と持久力が重要になる競技に分類して調べたところ、高い持久力を求められる競技の順に、「XXタイプ」の割合が高くなることが分かった。
(引用元:日経新聞 - 筋肉を作る「スポーツ遺伝子」、トレーニングに生かす )


ACTN3と運動能力の研究は、上記事でも触れられている通り、Yang et al., 2003にさかのぼるようです。
  • CC (=RR) 型:瞬発力 (p=0.0001)
  • TT (=XX) 型:持久力 (p=0.148)


ただし、この研究の第二著者が寄稿したあるブログ記事によると、こんな注意事項が…。
ACTN3は運動能力に影響を及ぼすたくさんある要素の中のたった一つである
ACTN3は個々の筋肉のばらつきについてたった2~3%説明するのみです。
ACTN3はあなたの子供がスーパーアスリートになるかどうか教えてくれるわけではありません。
(引用元:Science Blogs - The ACTN3 sports gene test: what can it really tell you?、強調は私による)


しかも、その後矛盾する結果も出ています。あるサーベイによると、RR型と瞬発力の関係があるとした研究が10つ、ないとした研究が2つ。XX型と持久力の関係があるとした研究が1つ、ないとした研究が7つ。

ちなみに、川内優輝選手の速さの秘密を知るべく、彼のACTN3遺伝子を某大学が調べた番組がYoutubeに載っていましたが、意外なことに川内選手はRR型だそうです。その動画ではRR型は回復力に関係していると分析していました。


関連書籍
アマゾンなか見!検索で調べたところ、以下の書籍がACTN3にからめた持久力の話を書いています。



1冊目ニュートンは例の2003年の研究ベースの話、その他2冊も恐らくそうかな?若原氏のは前述ACEも登場。2003年の研究があまりにインパクトがあったのか、書籍や報道では釣り気味の紹介のされ方が多い気がします。


その他関連文献
Roth et al., 2007、9つの関連研究のメタ分析をしたAlfred et al., 2011など。SNPedia。


その他遺伝子もろもろ

・・・すみません、全部紹介する予定でしたが、長くなるのでやめましたw
つづきは上で紹介した資料でどうぞ。
他の遺伝子としては、以下が載っていました。

  • ADRB1、ADRB2、ADRB3
  • COL5A1、COL6A1
  • EDN1
  • MSTN
  • NRF1、NRF2
  • PPARGC1A
  • AMPD1
  • APOE
  • BDKRB2
  • SLC9A9
  • FABP2
  • UCP1
  • : : :


COL5A1についてはコンペティター誌に先月「Study: Better Runners Are … Inflexible?」という記事が載っていました。この遺伝子がランニングエコノミーと関連しているのは先行研究で知られていたそうですが、2011年のある研究はちょっと視点が違います。70人のウルトラランナーを調べたら、COL5A1 BstUI RFLP型の人はランニングエコノミーが良く、かつ体が硬かったそう。実はCOL5A1が体の柔軟性に関係していて、柔軟性がないほうがバネが使えるとかなんとかで、ランニングエコノミーが良いのではないか、という論文です。体の硬い人は部位によっては怪我リスクも増えるみたいですが、柔軟性がないのがかえってランニングにプラスになっている可能性もあるんですね。私は硬いので、本当なら良いニュースです。

MSTN(ミオスタチン)は筋肉量に関係していることで知られているそうです。ネットでよく見る(?)筋肉ムキムキの犬は、この遺伝子変異によるものだそうです。

(写真: Google Image - "bully whippet")


まとめ

遺伝子が個人で気軽に調べられる時代ですが、まだまだわかっていないことも多かったり、解釈が難しいので、振り回されないようにお気をつけください…。(そういう混乱があるからたぶんFDAも検査を規制するんですよね。)

まあランニングに限って言えば、市民ランナーレベルだったら環境要素のほうが大きくて、あんまり関係ない話かもしれないですけどねw

またスライドには、実際はパフォーマンスは複合的要因で決まると書いてあります。そこらへんの話は「科学的トレーニングで知っておきたいこと」でも書きましたので、よければそちらの記事もどうぞ。

またこちらの拙記事もあわせてどうぞ。


関連記事: 23andMe



関連記事: 遺伝子解析と規制


▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/11/19

科学的トレーニングについて知っておきたいこと<後編>

昨日の記事が意外と反響あって驚きました(笑)

科学トレーニングへの理解を深めるために参考になりそうな内容をまとめています。
今回は、前編、中編の続きです。

研究結果は再現しないことも

再現性が低いケースも

先月エコノミスト誌に「How science goes wrong」(科学はどう間違いを犯すのか)という記事が載りました。論文で出た結果を他の人が試したら全然再現できないじゃないか、という指摘です。記事に出てくるケースを紹介すると・・・

  • アムジェン社がガン研究で重要とされるものを53件追試したところ6件、つまり11%しか再現できなかった。(詳細:Nature)
  • Bayerという企業が67の研究プロジェクトを調べたところ、関連研究と合致する結果が出たのは20~25%ほどのプロジェクトのみだった。(詳細:Nature)
  • MDアンダーソン癌センターの研究者への調査の結果、約50%の回答者は論文の結果を再現できなかった経験があると答えた。(詳細:この論文)

生命科学とは状況が違うとは思いますが、スポーツ科学でも再現性の問題はあるのでは、と思います。

予想ですが、ほとんどの場合は別に捏造がどうとかではないと思います(もしそうだったら大問題)。前編で触れたような個人差による偶然もありえますし、再現に必要な前提が論文にちゃんと書いてなかったりとかはよくありそうな予感がします。

主観的アンケートには要注意

評価が被験者へのアンケート方式だったら、アンケート文も載せないと再現は難しいことも。

聞き方次第で結果が変わるという不思議だけど有名な例が、交通事故で死亡したときに臓器提供をしてもいいという人の割合(下グラフ参照)。国によって大きな差がついています。

(引用元:TED - Dan Ariely: Are we in control of our own decisions?、ちなみに元ネタはScienceのこの論文)

ドイツ・オーストリア、デンマーク・スウェーデンのように、文化的にも似ている国々で大差がついてしまった理由はただ一つ。

それは、質問の仕方がオプトイン式(=提供しますか?)かオプトアウト式(=提供したくないですか?)だったから。

質問の仕方次第で回答が極端に変わることもあるのですね。

プラセボ・ノセボ効果

客観的な評価だからといっても、油断は禁物。前編でも書いたようにプラセボ効果で出る場合もあるので、「ダミー」も用意したほうが結果は信頼できるでしょう。薬と違って被験者に違いがバレバレで、完全にコントロールするのは難しいかもしれませんが…。

アレックス・ハッチンソン氏の記事(Runner's World)によると、コンプレッションウェアの評価はこれまでいろいろな矛盾する結果が出ているそうです。


記事では「段階着圧のコンプレッションタイツ」と「伸縮性のある普通のタイツ」で回復に違いが出るかを比較をした研究(上のグラフ参照)を紹介しているのですが、これまでのほとんどのコンプレッションウェアの研究ではプラセボ対照実験をしていなかったとのこと。

ところでランナーズワールドは他より質が高い記事を書くライターが多い気がします。他誌でも論文紹介の記事もあるんですが、結果だけ書いて理由を書かないみたいな表面的な記事もあったり…。RWは批評もちゃんとしていることも多々あります。上の記事を書いている人は世界クロスカントリー選手権カナダ代表で、ケンブリッジ大で物理のPhDを取り、NSAを経て科学ジャーナリストになった異色の経歴の持ち主。RW内担当コーナーの「Sweat Science」は科学記事がずらっと並んでいて面白いです。

ラボ vs リアル

第三者が実験で再現できたとしても、実際に各自で再現できるとも限りません。またもや個人差の問題もありますし、中編「部分vs全体」で述べたように、複雑な要素が絡みあう中で実際に効果が出るかはわかりません。

他にもいろいろな要因がありえます。
population, equipment, study length, long term vs. short term, etc
(引用元:マグネス氏のスライド8ページ目)

population(集団)の差は重要そうです。日本人以外が対象の実験が筋骨格構造の違う日本人にも当てはまるかはわかりません。大学陸上部や軍人を対象とした実験結果が、一般人にも当てはまるかはわかりません。

また、ちょっと再現条件が変わると当てはまらない例も。トレミの結果をロードに当てはめるのは不適切かもしれないという論文(Nigg et al., 1995)もあります(そうでないという論文(Fellin et al., 2010)もありますが)。関連記事:トレッドミルFAQ。

他にも上にあるように、短期的スパンの実験結果が必ずしも長い目線で見た結果に当てはまるとは限らないでしょうね。

研究するのは大変で、わかっていないことも多い

被験者が集めにくい

意外かもしれませんが、自明そうに見えて実は答えが出ていないテーマもたくさんあるようです。

例えば「柔らかい地面と固い地面、どちらで練習するべきか」という問題に対しても、まだ結論は出ていないようです。(参考:Nice Body Make・・・よもやま話 - 第148回 アスファルト vs 柔らかい地面)

「実験してみればいいじゃん」と思われるかもしれませんが、実験するのは一苦労。

ミシガン大学のキネシオロジーの教授がコンペティター誌の記事の中で、上の問題に結論が出ていない理由についてこんなことを仰っています。
数百人のランナーを舗装路、ダート、トラックというように分け、違うサーフェスで全く同じ練習内容を1年間してもらい、実験するのが理想。ただ、そんな練習の実験台になりたいと思うようなランナーはほとんどいないのです。実際のところ、ランニングのフィールド上でのスタディのほとんどは、軍隊のブートキャンプで新入りの軍人によってデータがとられているのです。
(引用元:Competitor - Is There One Best Running Surface?、太字は私による)

分野によっても状況は違うと思いますが、スポーツ科学は被験者集めと長期的評価が大変と・・・。確かに、効くかもわからない練習に1年も付き合わされたくないですね(笑)

サーフェス比較ぐらいの実験ならいいですが、怪我のリスクのあるフォーム改善系とかの実験だともっと大変そうですね。

予算がないとできない

あと、研究は予算がないとできません。

シューズ絡みの研究などは企業スポンサーもつくかもしれません(それはそれで研究の独立性が保たれなくなってあまり良くないのかもしれません…)が、アメリカの場合だと多くはNSFやNIHなどの政府系の研究予算に頼ることになると思います。

NIHの仕組みはよく知りませんが、NSFだと研究プロポーザルの判断基準として、科学的な価値(Intellectua Merit)の他に広範囲な影響力(Broader Impact)があります。

後者の基準ではランニングのパフォーマンス解明が世の中にどれだけ役立つか説明できないといけないわけで、研究テーマによっては通りにくいんでしょうね。

余談ですが、有名な研究だと、ハーバード大リバーマン教授らの2010年の裸足ランニング研究はNSFに支援されていますが、スポーツ科学というより進化人類学ということで通りやすかったのかもしれません。

研究結果は正しく伝わりにくい


メディアが研究結果を伝える時は、紙面や尺の都合や、速報性への偏重や、分かりやすく伝えるという建前上、厳密さを犠牲に噛み砕きすぎてしまうことがありますね、下の方の例のように。
明らかに僕らの研究ではその方の病気をすぐにどうこうできるものではなかったから。(略)ライターが少し強調して記事にしたことで、二次的、三次的情報に尾ひれがついて、結果的に詐欺のような誇張した内容になってしまったのだ。
(引用元:アメリカポスドクの歩き方 - 情報伝達の難しさ)

よくあるのは、相関関係と因果関係を混同させるような釣りタイトルになっていたり、転載されるうちに伝言ゲームのようにどんどん内容が変わっていったり・・・。
マスコミやマーケティング関係者の中には妙に相関係数を好み、実は全く関連が無いような事柄を強引に結び付けることによって、いかにも「世紀の大発見」をしたかのような騒ぎを演じる(確信犯か大マジメかは不明なので、一応演じるとしておきましょう)人々もいるようです。
(引用元:世の中ナナメに見てみよう! ~楽しい数字、怪しい数字、卑しい数字?~  - 相関関係と因果関係)

自分が詳しいと思っている分野を見ていても、上みたいなことはしょっちゅうです。

まとめ

スポーツ科学は役に立つこともあれば、いろいろな理由で実際に効果が出ないこともあるので気をつけましょう☆


関連記事(外部サイト)

▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/11/15

科学的トレーニングについて知っておきたいこと<中編>

前編の続きです。

スティーブ・マグネス氏の「コーチングへの科学の応用・導入について」というスライド紹介を中心に、科学トレーニングへの理解を深めるために参考になりそうな内容をまとめています。

研究は測定できるものばかり重視する


マグネス氏のスライドは、研究は測定可能な指標に重きを置きすぎている、としています。

測定できるものといえば、例えばV̇O2max、LT値、ランニングエコノミー、心拍数などです。定量化できるとわかりやすく、近似的にうまくいくので多くの人が使うわけですが、ランニングパフォーマンスを厳密に説明する要素としてはこれらだけでは不完全です。

例えば東アフリカランナーの圧倒的な強さ、ポーラ・ラドクリフの女子フルマラソン世界記録の圧倒的な速さを完璧に説明できる決定的な理論はまだないようですね。もちろん仮説・弱いエビデンスは山ほどあるようですが…。そこらへんの話はこの記事(英語)や下で紹介する論文などに詳しいです。

今はまだ定量化ができないせいで研究として陽の目を浴びにくいが、もっと他に何かあるんじゃないか、ということですかね。(このロジックだと「科学には限界があるので擬似科学的なもの、オカルト的なものに説明を求めよう」的なパターンにならないよう、注意も必要ですけどね。)

セントラル・ガバナー理論

定量化は難しいけどある程度支持されている仮説の一つとしては、体が壊れる前に発動する脳のリミッターによりパフォーマンスが左右されるという「セントラル・ガバナー理論(CGM)」なんてものもスポーツ生理学者のティム・ノックス博士により提案されています。

スポ根・精神論とも意外なところでつながっているかもしれず、興味深いです。

マグネス氏も自身のブログ「サイエンス・オブ・ランニング」のこの記事(英語)でV̇O2maxの限界とCGMについて説明しています。ノックス博士の弟子2人の綴るブログ「サイエンス・オブ・スポーツ」(英語)にも平易な解説記事がたくさんあります。

もっと専門的な記事だと、「ケニア人ランナーは脳が違うから速い」という論文の紹介記事がここで日本語で読めます。ノックス氏の原著は「V̇O2maxでなくセントラル・ガバナーが走力の限界を決めていますよ」というような内容の2001年の論文がPDFで公開されています。

なおCGMは賛否両論で、批判もたくさんされてはいます(英語版ウィキペディアのCentral_governor#Criticismsから反論記事へのポインターがたどれます)。

部分 vs 全体


科学者:要素を部分部分に分解してどれが効くのかを抽出する
コーチ:全体的アプローチ
(スライド8ページ目)

スライドだけだと実際どんな内容を講演したのかわかりませんが、推測するにこんな感じかと。

  • 科学者の場合は、XがYに効果があって、Yがパフォーマンスと関連している、というように変数Xを分離しようとする。しかもコントロールされたラボでの実験は、実際走る環境よりシンプル(トレッドミル、風なし、短期的etc)。
  • コーチは使えるものは取り入れつつも過信せず、「いろんな変数が組み合わさった時に実際の結果がどうなるか」を気にすべきで、実践的、マクロ的、長期的な視点が必要。

例を挙げると、反発力のあるシューズだと同じ重さのシューズよりランニングエコノミーが1%改善された、という研究結果が出たとします。でも、比較対象になりうる一般的なシューズより実は重くて、それによって改善分が打ち消される可能性もあります(参考:スプリング・ブレードの記事)。

「速くなる○△□」を採用するべきかの判断方法


マグネス氏の大学時代の教授が授けてくれたという、速くなるかもしれないアイディアを練習に取り入れる際の3つのチェックポイントです。
1.実践・・・実際に使えるの?
2.研究・・・裏付ける研究はあるの?
3.理論・・・理論的な裏付けができるの?
(スライド9ページ目)

ちょっと順序は入れ替わりますが、(2)良い結果のデータがちゃんと実験から出ており、(3)データが出た理由を合理的に説明できる理論があり、かつ(1)机上の理論でなく実践的、というのが理想ということですかね。

上の順番になっているのは、コーチから見た優先度がこうだからなんじゃないかと予想。

(スライド15ページ目:現実と机上理論の違い:血中乳酸濃度?)

2と3の違いですが、2○、3✕のケースは、実験したらいい結果が出てきたけど、なんでうまくいったかわからない、でしょうね。たまたま相関する変数は見つけたけど、因果関係があるかわからない、あってもどういう現象が起きているかわからない、的な。こういうデータ・ドリブンなアプローチはまあ許容できるケースもあるのかもしれませんが、正しく理解したい人は理論的な背景も知りたい所かと。

2と3が○でも1が✕なケースは、しょっちゅう見られるような気がします。「この商品は○○博士の研究成果・論文に基づいて開発されました」・・・みたいな謳い方がされていても、評価における統計的有意性(statistical significance)が必ずしも実践的な意義(practical significance)につながるわけではないですから、要注意です。

マグネス氏は自身のブログでも、上の3つの基準でコンプレッションウェアが本当に効果があるのか議論しています。(コンプレッションウェアについては、これまた賛否両論なのでまたいつか書きたいと思います!)




後編につづきます。


追記:マグネス氏の濃いブログがついに書籍化。詳しくはこちらの記事で触れました。
▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/11/13

科学的トレーニングについて知っておきたいこと<前編>

「ランニングにおける10の俗説」の記事に関連してそれぞれの俗説を掘り下げようと思いましたが、その前にコメントいただいた内容に関連して、科学的トレーニングの注意点を調べながらまとめてみようかと思います。

そもそもスポーツ科学とは

スポーツ科学とは、科学的な理論や技術をスポーツにおけるパフォーマンス向上に応用するための分野。
(引用元:Wikipedia - Sports Science)

科学的トレーニングというと、全くなじみのない人にとっては、なんだかあやしげなマッドサイエンティストが特殊な器具やサプリを薦めているようなイメージがあるかもしれません(笑)。少なくとも某選手のインタビュー動画ではそう感じている印象を受けました。

私のイメージではこんなかんじです。
例えば「○△□をするとタイムが縮んだ」ということを見つけたとします。

○△□はインターバルのようなトレーニング方法かもしれませんし、前傾姿勢のようなフォームのことかもしれませんし、カーボローディングのような栄養関係の話かもしれませんし、シューズやウェアかもしれませんし、「左足からシューズを履いた時はいい結果が出る」(ジョー・フリールコーチのエピソードより)というおまじない/ゲン担ぎかもしれません(笑)

○△□がたまたまなのか、本当に効果があるのかを理論やデータから科学的手法で検証してから導入すること。それが科学的トレーニングなのではないか、と素人ながら解釈しています。

少しでも速くなると聞けば、おまじないの類だろうが真っ先に飛びついてしまうランナーは多いと思います。ランニングだけではなく、他の分野でも同様のようです。
“ブロウサイエンスとは、ボディビル界でのリーズニングの有力ブランドのことで、重い物を持ちあげてデッカクなった奴の逸話的な話しの方が、科学よりも信頼性があると考えられている。
一例を挙げると、
兄ちゃん!スクワットラックカールの最終セットが終わってから7秒以内に、カーボslam 40-60グラム(トウモロコシ成分で無糖)とBCAA20グラムを摂取しないと、筋肉がカタボリック(異化・分解)しちゃうよ!“といった具合です。
ダイエット、フィットネス、ウェイトトレーニングの分野では、ブロウサイエンスが蔓延しています。
(引用元:Nice Body Make・・・よもやま話: 第146回 サイエンス vs 都市伝説)

難しいのは、おまじない・ゲン担ぎですら、プラセボ効果で実際に若干効くケースもあるところ。

そして、ちゃんと査読を経て発表されたような研究結果であっても、矛盾する結果が頻繁にあったり、個人差があったりで、何をどう信じていいのか・・・。

というわけで、科学にはどう向き合えばよいのでしょうか。

アンチサイエンス vs 科学盲信、どちらが正しい?


新しいトレーニング手法を積極的に試しているナイキのチーム(関連記事:モハメド・ファラー所属のオレゴンプロジェクトとは?)に2年間コーチとして在籍し、現在はヒューストン大学のクロスカントリーのヘッド・コーチを務めるスティーブ・マグネスさんというコーチがいます。

運動科学の修士号を持ち、ツイッターで「運動科学ギーク」を自称するこのコーチですが、ランニングを科学するブログ、その名もサイエンス・オブ・ランニングでも有名です。

そのマグネス氏が、「Integrating and Applying Science to Coaching」(コーチングへの科学の応用・導入について)という興味深い講演スライドを惜しげも無くスライドシェアにて公開しています。

コーチ向けの資料ですが、セルフ・コーチングの市民ランナーにもすごく役立つと思いますので、少しご紹介します。研究の利点とともに限界点も理解し、科学的トレーニングを正しく取り入れましょう、というような内容です。

(スライド、2ページ目)

まず冒頭で、科学的手法に対する態度として、コーチは「全く信じない」か「妄信的に信じる」人の2タイプに分かれがちだが、それは両方とも間違っているとバッサリ切っています。

前者は、経験則・直感・ときに精神論で指導するタイプのコーチでしょうか。本当に効果があることを指導してもらえるならいいですが、「練習では水を飲まない」「足腰を鍛えるにはうさぎ跳び」のように、現在では合理的とされないような指導が入る可能性はありますね。

一方後者は、データや理論などを表面的・盲目的に信じるタイプのコーチ。こちらは何が問題なのかというのがこの講演の重要テーマのようです。


研究では個人差は軽視されがち


平均 vs 個人

マグネス氏のスライドには「研究で扱うのは平均であり、そこに個人差は現れない」というような説明があります。

研究で「○△□で△%速くなる」などと結果が出ても、それは平均でみた時の話であり、人によっては変わらないかもしれないし、パフォーマンスは下がる可能性もありえるのです。

例えば、ある速くなる練習方法○△□があったとき、複数の人に試してみてビフォー・アフターを比べたら、下のようなグラフになったとします(横軸:時間、縦軸:評価指標)。

(スライド、7ページ目)

研究者は平均で見るので、この実験結果は「○△□では変化なし」となりがち。

一方コーチの場合は、「全体で見たら変わらないかもしれないが、個人差はこんなにある」ということを理解しないといけない。と、マグネス氏が言いたいのはそういうことでしょうね。

※一応研究者も、まともな人だったら表面上の数字だけ見ないでデータも見るはずです。

個人差を考えてコーチングすることの大切さ

ところでジャック・ダニエルズ氏も、選手を個人個人として扱うことが大切だと説いています。(関連記事:ダニエルズの「コーチング」フォーミュラ)

例えば、ダニエルズさんの講演動画や本で紹介されている、ジェリー・リンドグレン元米五輪選手。5000mの全米高校記録をゲーレン・ラップが破るまで40年間保持した名選手のようです。彼の一番走った年の平均週間走行距離は386km!月間だと1700km弱ですかね。最大で週に580km練習したというからすごいです。しかもこれだけ走って、たった一度しか故障しなかったそうです(その一度の原因は、車にはねられたから)。

選手クラスでもそういうタフな脚を持つ人もいれば、故障がちな選手もいるわけで、ひとまとめにコーチ同じメニューを課したりするのは間違いだと、ダニエルズ氏は強調しています。

思うに、その対極の考え方は、みな同じペースで同じメニューを集団走する「量産型」のコーチングなのかもしれません。
 今年、箱根駅伝に出場した大学の駅伝部指導者も、個人の能力が伸びない事情を明かす。

「もし仮に、箱根駅伝がなくなれば、有望な選手にオーダーメードの指導が可能になり、選手の能力をより引き出すことはできるでしょう。でも、現状では箱根を目指すしかない。団体戦ですから、露骨な特別扱いはできないのです」

 これでは、将来性豊かな若き才能に、五輪で戦える指導をすることは難しい。箱根駅伝は1920年、日本マラソンの父・金栗四三により「世界に通用するランナーを育成したい」という理念のもと創設されたもの。学校経営というビジネスに利用される側面は避けられない現実だが、その理念を無視している大学も少なくない。

「スターはいらない」という考えを持つ指導者が、選手の将来より大学の広告効果のほうに重きを置けば、学生選手権などのトラック競技を軽視し、一年中、箱根で走るための偏ったトレーニングばかりを行う。箱根の1区間は4区を除いてすべて20km以上。その距離を走り続けることで選手は皆、同じような〝箱根仕様〟になっていく。例えるなら、圧倒的な馬力を誇るポルシェを1台作るより、燃費がよく壊れにくいプリウスを10台作ることを優先し、事実、それで箱根を制した大学も存在する。
(引用元:現代スポーツ - 新春特別研究「マラソンでメダル」が見たいのに……なぜ日本人には「箱根駅伝までの選手」が多いのか、強調は私による)


科学的トレーニングの注意点、まだまだつづきます。

→中編につづく


追記:マグネス氏の濃いブログがついに書籍化。詳しくはこちらの記事で触れました。
▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/09/04

【保存版】テーパリング情報総まとめ☆

9/15のマラソンまであと僅かになってきたので、最近はテーパリング中です。
(´・ェノ|柱|。。。テンパリ中じゃないよ(←使い古されたネタだったらすみませんw)

せっかくテーパリングについて調べたので、まとめてみました。

<目次>
テーパリングとは?
 ピーキング、ピリオダイゼーションとの関係

テーパリングの方法
 スタンダードな方法
 いろいろなバリエーション
 マラソン以外のテーパリング
 レストオンリー vs 低負荷 vs 高負荷テーパリング
 トップアスリートの方法
 
休養・回復と走力の関係
 テーパリングで何が起きるか
 病み上がりなのに大会優勝、PB更新の事例
 ○○日間走らないと走力はどれだけ落ちるか

テーパリング中の落とし穴
 オーバーテーパリング
 テーパーレス
 無理なロング走
 慣れないことをする
 体重増加を心配しすぎる

まとめ
 テーパリング本


追加情報が見つかったら随時加筆していく予定です。

テーパリングとは?


ta・per [téipə(r)]
━━ vi., vt. 次第に細くなる〔する〕(off),次第に減じる(off).
三省堂 Web Dictionary

スポーツにおけるテーパリングとは、持久系競技(マラソン、水泳)「大会前に練習を減らすこと。パフォーマンスを最大限に発揮するために必要不可欠と信じられており、1週間から2~3週間かけて行う。」(RW)。後述しますが、量は減らしても強度はそのままか、少し上げる人もいます。

テーパリングとは、10人のコーチや研究者に最適な方法を聞いたら、10通りの違う答えが返ってくるようなものだそうです(Competitor, Gaudette)。研究でも回復スピードの個人差は大きいことがわかっているそうです(PubMed)。なので、どの記事も書いてあることが少しずつ違っていてまとめるのが大変でした(笑)。

この記事では、なるべくバランス良くいろいろなテーパリングを紹介できたら、と思います。他の練習理論などと同様に、誰にでも当てはまる「唯一の正解」はないはずなので、自分にあったものを探してみてください。主にマラソンにおけるテーパリングについてですが、5K・ウルトラなど他の距離にも少し触れています。

ピーキング、ピリオダイゼーションとの関係


似た用語で「ピーキング」とは試合時に体力レベルが最大(ピーク)になるよう持っていく調整のこと。オレゴンプロジェクトの元アシスタントコーチ、スティーブ・マグネス氏の著書(後述)では、テーパリングはピーキングの一手法と位置づけています。

もっと大きな枠組で、「期分け(ピリオダイゼーション)」とは1年間をレース中心にいくつかの期間に区切って練習計画を立てること。例えばアメリカの陸上部では、クロスカントリー、インドア、アウトドアトラックのシーズン毎に年3回の期に分けるのが基本だそうです(RT, Taylor)。その期分けという視点で見ると、ピーキング・テーパリングの関係がわかりやすいかもしれません。あるトライアスロン用の期分け法では、レースに体力ピークが来るよう(=ピーキング)、量は徐々に減らしつつ強度は上げており(=テーパリング)、図でみると一目瞭然です。
ピリオダイゼーション:練習量、練習強度、体力の関係
ジョー・フリール氏の著書(後述)の原著2nd Ed, p.29, Fig 3.5. これはトライアスロンの場合で、ランニングだと足へのダメージがあるので強度に関しては少し注意。

テーパリングの方法


スタンダードな方法

まずは一番スタンダードと思われる方法から。ランナーズワールドに数多くテーパリング記事はありますが、その中でも代表的に扱われていたのが、以下の3週間スケジュール(RW)。

3週間前・・・週間走行距離を20~25%落とすことにより、ハードな練習から体を回復させる(具体的にはグリコーゲンの再補充、細胞組織の修復)。ランはほとんどイージーペースで。

2週間前・・・週間走行距離をさらに20~25%落とす。ランはほぼすべてイージーペースで。

レースの週・・・1日8時間は睡眠を取り、週に4日だけ走る。初心者は1回あたり最大5~6km、上級者は週前半に10kmを2回ほど入れても良い。上級者は週前半にレースペースで1.5~6km(+アップ・ダウン)ほど走っても良い。

いろいろなバリエーション

いろいろなコーチの勧めるいろいろなテーパリング方法です。
  • 若い人は2~3週間、若くない人は3~4週間(RW, Hadfield)
  • 10~14日間。最初の週は練習を普段より10~20分、レース週は20~30分短くする。ロング走の距離も落とす。(RT, McMillan)
  • 3週間。1週目は80~90%、2週目は60~70%、最終週は50%。距離は減らしても負荷は減らさない。(RW, Hutchinson & Mujika)
  • 3週間。最初の週は80%、次の週は60%、最後は40%の距離。(RT, Pfitzinger)
  • 典型的には2~3週間だが、ニコル・ハントのように3週間を基本としてコーチする人もいる(Competitor, Larkin)
  • 短い人は3日。長い人は3週間かそれ以上かけて段階的に練習量を減らしていく(Friel)
  • シーズン後期のレースのほうが、前期のよりテーパリングによる恩恵が大きい(Friel)
  • 2週間。1週目が70%、2週目は30%の距離にする(RW, Eyestone)
  • 最初は2週間で始めてその後微調整する。1週目が80%、2週目は60%の距離(RC, Gaudette)
  • 7日前:16~19Kで最後10分はレースペース。3日前:2 x 5分@マラソンレースペース + 3 x 1分 @ 10Kペース。前日:4-5 x 30秒の流し @ ハーフマラソンペース~5K-10Kレースペースのビルドアップ(RW, Magness)

ほんと十人十色ですが、マラソンでは2~3週間が多いようですね。年齢やシーズン前後半も加味して微調整する人もいるようです。

わりと共通した意見が、「距離は減らしても負荷は減らさない」ということ。テーパリングについての著書(英語)もある生理学者&コーチのIñigo Mujikaさん(RW, Hutchinson & Mujika)や、日本でも有名な「アドバンスト・マラソントレーニング」の著者として知られる元ランナー&生理学者のピート・フィッツィンジャー氏も同じ意見(RT, Pfitzinger)ですし、他にもちらほら同じことを言っている人がいました。最初に走行距離を落とし、次に負荷を落とすというオプションもありだそうです(RW, Hadfield)。

中長距離のトップ選手にコーチするスティーブ・マグネス氏は、負荷を増やす立場。ピーキングの手法としてテーパリングとシャープニングを次のように定義しています。テーパリング:距離を大幅に減らし、負荷を少しだけ上げる。シャープニング:距離はそのままか少し減らし、負荷も少し減らす。現役アスリートの方は、彼の著書(後述)をご参照ください。

そうそう、それから1週間前以降の仕上げ・調整にインターバル走を勧める人はいても、ロング走(30K~)を勧める人は見当たらなかったです。プロ競技者の方のログを見ると数日前にロング走している方もいますが、市民ランナーはやめておいたほうがいいと思われます。

マラソン以外のテーパリング

各距離ごとのテーパリングをまとめてみます。

5K
  • 1週間。30%の距離に減らす(RW, Eyestone)
  • 2週間。最初の週は80%、次の週は50%の距離(RT, Pfitzinger)
  • 1週間。1週間前に6 x 400m@1マイルレースペース(r=同時間)、3日前に8 x 200m@5Kレースペース(r=200m jog)、前日に6 x 100mの流し @レースペースかそれ以上(RW, Magness)
10K
ハーフ
  • 1.5週間。50%の距離(RW, Eyestone)
  • 2週間。最初の週は70%、次の週は50%の距離(RT, Pfitzinger)
  • 2週間。1週目は日曜に16~22Kのロング走、平日は30分、週末に45分。2週目は火木に30分、金に1.5~3K走っても良い。(RW, Galloway)
ウルトラマラソン
  • ウルトラランナー&レースディレクター、アンディ・ヒューワット氏:「ウルトラではレースに向けて徐々に練習量を増やしていく"reverse taper"(逆テーパリング)を採用する人も多い」「熟練者は量を減らし強度を上げていくが、初心者は量を減らすだけが良い」(ULTRA168)
  • 100Kウルトラマラソン世界記録保持者、砂田貴裕さんのテーパリングアドバイスが、ちゃららさんの記事に!

ウィキペディアにも、「レース距離に比例してより長いテーパリング期間が必要だが、ウルトラマラソンと複数日にまたがるようなレースは例外」(Wikipedia: Tapering)というような記述がありましたが(ソースは不明)。逆テーパリングは斬新でしたが、ウルトラの練習はスピードを出さない分、ダメージ回復をそこまで考えなくていいのでしょうかね。

テーパリングは陸上競技以外にも、水泳、自転車、トライアスロン、ボート、スキーなど幅広い競技で導入されているそうです。「自転車では、ランニングよりテーパリング期間が短い。ランニングのほうが脚へのダメージがあり、回復させる必要があるからだ」(Friel)とのことで、他の種目も同様のことが言えそうです。

レストオンリー vs 低負荷 vs 高負荷テーパリング

カナダ・マックマスター大学の1992年のテーパリング研究がいろいろな記事で引用されていたので、紹介します。彼らは週80K走る大学生クロスカントリー選手を使って、次の3種類のテーパリングを比較した実験を行っています。
  • レストオンリーテーパリング(ROT):完全休養、練習距離0%
  • 低負荷テーパリング(LIT):低負荷(30Kイージー)、練習距離38%
  • 高負荷テーパリング(HIT):高負荷(500mインターバルで10K)、練習距離14%
さて、完全休養は理想のテーパリングなのでしょうか・・・?それともある程度運動したほうがいいのでしょうか?

実験では被験者に週6で8週間練習してもらっています。その後ランダムに3つのグループに分け、それぞれ違う種類のテーパリングを1週間して、その前後の走力テストで違いが出るかチェック。そして4週間練習し、別のテーパリングを試した後、走力テスト。最後にまた4週間練習し、まだ試していないテーパリングを試した後、走力テストをもう一度。というように、各自が全種類のテーパリングを行うよう実験しています。その結果・・・

テーパリングの効果比較
  • レストオンリーテーパリング(ROT):走力3%減少
  • 低負荷中量テーパリング(LIT):走力6%増加
  • 高負荷低量テーパリング(HIT):走力22%増加

上は、テーパリング前後での「走力」の違いです。ここでの走力とは各自の1500mのレースペースでトレッドミルを何秒間走れたか。HITにはテーパー前後の走力に統計的有意差(p<0.05)がみられたとのこと。

他にも、クエン酸シンターゼ(酵素)の量はHITで増加、ROTで減少。筋グリコーゲン貯蔵量はROTとHITで増加、血流はHITで増加、ROTで減少、筋力はすべてで増加が見られたそうです。

この論文、被験者数が少なかったり(n=9)、テーパリング期間が1週間だったり、マラソン走力に直結した走力評価か、など突っ込みどころはいろいろある気がします。ただ引用数も多く、その後のテーパリング研究に影響を与えたようです。

カーボローディング中はロング走をするとグリコーゲンを使ってしまうのでだめと聞きますが、それとも合った結果になっていますね。

「距離は落として負荷は落とさない」の原則も影響を受けているのか、この研究の結論と合致してます。オレゴンプロジェクトもインターバルなどで高負荷のテーパリングを採用していて、この研究結果と同じ方向性を感じました(前述Magnessや後述MSTS参照)。レース前のいわゆる「刺激走」というのも、HITと同じような効果を狙ったものなのかもしれないですね。


参考文献:
Shepley, B., J. D. MacDougall, N. Cipriano, J. R. Sutton, M. A. Tarnopolsky & G. Coates. 1992. "Physiological effects of tapering in highly trained athletes". Journal of Applied Physiology. 1992 Feb;72(2):706-11. (PubMed)

トップアスリートの方法

やはり人によって違いますね。

5,000m~10,000m
  • モハメド・ファラー&ゲーレン・ラップ(ロンドン五輪10,000mの1位、2位):マラソン選手ではないですが、オレゴンプロジェクトで練習する両者のテーパリングは、高負荷のスプリント走(ラップはレース前日に100m11秒!)や硬いサーフェスで追い込むのが特徴で、ランナーズワールド記事内ではこのテーパリング手法をMagness-Salazar Taper System (MSTS)と呼んでいます(RW, Burfoot)。鍵は「マッスル・テンション」(RW, Magness)。テーパリングというより、もっと範疇の広いピーキング?

追記:ラップが2014/5/30に地元オレゴンPrefontaine Classicにて10000mの北米新記録(26:44.36)を出しました。2週間前の5/15にはUSATF Oxy High Performance Distance Classicにて5000mを13:19で走ったのが、5/30の今大会では「後半5000m」をたった13:18で走っています。

信じられないぐらいの違いですが、インタビュー(LetsRun)よれば地元オレゴンに帰ってきて、テーパリング期間をより取れたことが差を生んだ秘訣だったそうです。余談ですがインタビューアーの印象では、さらにメンタル面も違いを及ぼしたかもしれないとのこと。奥さんが双子を身ごもっていることの報道もあり、地元で安心して走れたのが良かったんでしょうね。


マラソン


ウルトラマラソン
  • 世界各地のウルトラレースで複数の優勝経験を持つランナー、マーティン・フライヤー氏「24時間以内に終わる距離のウルトラ前は、3週間徐々に減らし、最後に急に減らすテーパリングを採用。その代わり強度・スピードは徐々に上げる。」(ULTRA168)
  • オーストラリア100マイル記録保持者、マイク・ルルー氏「7~10日間。最終ロング走のあと急に練習量を落とす。」(ULTRA168)
え、24時間以内にって、それ以上かかるウルトラあるんですね((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


持久系スキー競技(クロスカントリー・バイアスロン)

11人のオリンピック・世界王者レベルの選手のテーパリング実態を調べた最近の研究(論文)によると、これらの選手はそれほど練習ボリュームを減らしていなかったことがわかったそうです。下図を見ると、理論上適切なテーパー量(点線)との乖離が見られます。



休養・回復と走力の関係

テーパリングで何が起きるか

50ものテーパリング関連の論文をサーベイしたという論文によると、テーパリングの効果は次の通り。「練習で失われた筋肉中のグリコーゲン貯蔵量、酵素、抗酸化物質、ホルモンが適切な範囲まで回復する。筋肉へのダメージも回復。免疫力と筋力も向上し、レース前の風邪や怪我を防げる。テーパリングによるパフォーマンス向上は平均3%。これはマラソンでは5~10分のタイム短縮に相当する。」(RW, Cooper)

病み上がりなのに大会優勝、PB更新の事例

以下、長距離自転車の有名なコーチ、ジョー・フリール氏のブログ記事「歴史の教訓~ザトペック効果」(英語)に載っていたエミール・ザトペックという選手の話です。

インターバルトレーニングの創始者で、ものすごい練習量で知られていた選手だったそうですが、大会前に風邪を引き、何日も入院をせざるを得なかったことがあったそうです。大会2日前に退院できたものの、当然ドクターストップ。でも走っちゃいました。その結果、5000mと10000mで優勝。世界記録に次ぐタイムだったそうです。

他にもいろいろなスポーツで、大会直前に怪我をしたり病気になって数日~数週間に練習できなかったにも関わらず大会で自己ベストを出す例を多く見てきた、とフリール氏は語っています。

レース前の回復が重要、というのは経験的になんとなく知られていたことなんですね。

○○日間走らないと走力はどれだけ落ちるか

ジャック・ダニエルズ氏のレストについての講演動画(Youtube, Daniels)を見ていたら、練習を突然止めたらどのぐらいで体力が落ちるか、について語っているシーンを見つけました。

デトレーニングの体力低下について
(写真:Youtubeよりキャプチャ)

ダニエルズ氏曰く、「5日間何もしなくてもフィットネスレベル(体力)は全く落ちない」そうです。

写真のホワイトボードの曲線は、体力レベル。トレーニングにより山の一番上のレベルに達した状態から練習をやめてもなかなか落ちないそうで、10~20日全く練習しないと少しだけ落ちる、と山のちょっと下がった所を指さしています。もちろん彼の見ている現役アスリートの話でしょうし、誰にでも当てはまるかはわかりません。ただ思っていたより落ちないようで、参考になる話でした。

また彼は「休養はサボりではなく練習の一部である」、と強調しています。

ダニエルズ氏は運動生理学者なので、適当に言っているのではなく、ちゃんとデータから裏付けを取っています。もうちょっと長いスパンで調べたダニエルズ氏の研究では、マラソンランナーたちに1年間、週160kmの練習を積ませ、そこから突然87日間練習をストップさせたそうです。筋生検(筋肉の一部を切り取り、顕微鏡などで筋組織の状態を検査する手法)で調べると、練習前と比べ筋力は5~10%しか落ちていなかったそうです。呼吸系はもっと速く落ちても、またすぐ戻ってくるとも言っています。

ちなみに別の研究では、VO2max(最大酸素摂取量)は1~7日のディトレーニング(練習中止)ではほぼ落ちず、10~14日で6%、14~30日で12%、30~63日で19%減少というデータなっています(RC, Gaudette)。

ちょっとテーパリングの範囲からは離れますが、では、怪我や環境の変化などで数年単位で練習をストップして筋肉は一度落ちたら場合は、戻りにくいのでしょうか?答えは、一度鍛えた筋肉はすぐ戻ることが経験的に知られているそうです。例えば3年かけて鍛え、競技から離れて元の体型に戻っても、半年ぐらいで鍛えていた水準に戻せる、というような感じ。これは、マッスルメモリー(筋肉の記憶)と呼ばれる現象で、近年理論的背景が明らかになってきているとのこと(じてトレ)。

もっと知りたい方は、「トレーニング中断するとどうなる? -”衰え”とその対抗策を科学する-」(PDF)という名古屋大の講義スライド(?)が詳しいです。スピード・持久力に分けてディトレーニングのメカニズムがわかりやすく説明してあります。


テーパリング中の落とし穴

テーパリングで陥りがちなミスを集めてみました。

オーバーテーパリング

オーバーテーパリング、つまり、テーパーインということで急に休みすぎてしまうのは、良くないそうです。自己ベスト2:22の元マラソンランナーでもあるコーチジェフ・ゴーデット氏がテーパリングのミスを取り上げた記事2つでは、両者ともありがちなミスとしてあげられていました(RC, Gaudette; Competitor, Gaudette)。また、他の記事でも触れられていました(RT, McMillan)。

テーパーレス

つまり、テーパリングしないことですね。ハドフィールドコーチはそれでいける人もいることはいないが、ほぼベストじゃない状態で走るハメになる、というようなことを言っています(RW, Hadfield)。

無理なロング走

レースが近づくと、最終仕上げとしてロング走を入れたくなりますよね。ハドフィールドコーチによれば、26kmだったのを32kmにするといったように、距離を伸ばし過ぎないほうがいいそうです(RW, Hadfield)。

怪我や疲労のリスクもあるので、1~2回のロング走より、ベストなコンディションでスタートラインに立つことを優先したほうがいいとのことです。

同コーチは、不安から1~2週前にロング走を詰め込むのもダメ、とも言っています。疲労リスクとともに、心理的にも逆に不安になったりしてマイナス効果のようです。

レース前にどうしても不安になってしまう人には、こんな解決法もあります(RW, Kuehls)。
  1. 練習日誌を振り返って自信をつける
  2. ジョギングの間に3~5kmレースペースで走ってみる
  3. 目標タイムの他にダメだった時の第二目標タイムを設定する

慣れないことをする

ゴーデットコーチは、自信をつけるためのスピード練習やタイム予測のためYasso 800sをするのは良くないとしています(RC, Gaudette)。ちなみにYasso 800sの記事に書きましたが、私は前回のマラソン前にやってしまっています(∀`*ゞ)テヘッ

ハドフィールドコーチは、新しいシューズはもちろん、新しい辛い料理、家のペンキを塗り替えるなど、新しいことをあまりしないように薦めています(RW, Hadfield)。辛い料理はたしかに危ないですね~。

テーパリング中はメンタル面で特に不安定になる傾向があるそうなので、新しいことをするとイライラして良くないのかもしれないですね。ちなみにテーパリング中にイライラしたり不安になる現象は、"temper tantrum"(かんしゃく)にかけて、"taper tantrums"と呼ばれているそうですw(Today's Parent)。


すでに慣れないことをしてしまっている人は、落とし穴と言われてますます不安になってもしょうがないので、気休め程度に思うのがいいでしょうね。私なんて、新しいシューズ、ソックス、ウェアといろいろ買ってますし。(・ω<)  テヘッ (・・・でも、事前に十分慣らしはする予定です。)

体重増加を心配しすぎる

※マラソン以上の距離を走る人の場合です。

ゴーデットコーチによると、レース1週間前は下手に減量するより、カーボローディング(=グリコーゲンローディング)で体重が増えたほうがましだそうです(RC, Gaudette)。

重くなるのは当然で、グリコーゲン1対水3の割合で体重が増えます。元の体重にもよりますが1~2kg重くなるのが成功の証のはずです(RC, Housefield; ウィグライ)。

ちなみにカーボローディングの記事に書きましたが、前回のマラソン時、私のカーボローディング開始直前の体重は54kg(ジョギング後は53kg)、レース前日夕食後が58kg、当日朝が56kgでした。


まとめ

テーパリングはレースパフォーマンスの鍵を握るというコーチもいます。

  • 「最後の3週間はマラソン練習で一番重要な期間である」(RW, Cooper)
  • 「いいテーパーは絶対に必要不可欠だ。トレーニングの最重要部分である。長距離ランナーにとって、テーパリングを極めるのも仕事のうちだ。」(RW, Burfoot)

基本は2週間前後かけて「負荷はそのままで距離を減らす」ということに集約できると思いますが、十人十色の方法があるので、個人個人に合った方法を試行錯誤しながらアレンジしてみてください。

長くなってしまい、あまり噛み砕けていないところもありますが、少しでも参考になれば幸いです。


テーパリング本

本文中に登場した人たちの関連著書です。


▲テーパリングとピーキングについてひたすら200ページ以上綴る専門書(英語)。

▲日本でもおなじみの本ですね。英語版ではテーパリングに10ページほど割かれています。

▲2014年発売のマグネス氏の著書(英語)。ピーキングをテーパリングとシャープニングに分けて解説(p.247)し、速筋型と遅筋型など個々に合ったテーパリングカスタマイズ法を紹介。

▲2014年日本語版発売のジョー・フリール氏の著書。この方の専門の一つが期分け/ピリオダイゼーションで、ブログにはいくつもの関連記事があります。



関連記事
▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪




2013/08/16

モハメド・ファラー所属のオレゴンプロジェクトとは?

モハメド・ファラーの記事が長くなりすぎたので、オレゴンプロジェクトの記述のみこちらに移しました。ファラーの記事も合わせてご覧ください。


ダニエルズ本のアマゾンレビューでファラー選手がダニエルズ理論で練習しているとあったのですが、詳細を調べているうちに行き着いたのが「ナイキ・オレゴンプロジェクト」です。

オレゴンプロジェクトとは?


オレゴンプロジェクトはアルベルト・サラザール氏(英語ウィキペディア)が率いていて、参加選手はオレゴン州ポートランドに住み込んで、ナイキ本社近くの訓練施設で練習しているそうです。

オレゴンプロジェクトのロゴ
オレゴンプロジェクトのロゴ

ウェアやシューズにロゴがついている選手は所属選手の可能性あり (一応、公式サイトから誰でもロゴ入りウェア買えますけどね。)

ヘッドコーチ:アルベルト・サラザール


サラザール氏はNYCマラソン3連覇、ボストン・マラソン優勝など、アスリートとしてもコーチとしても優れた稀有な存在。

アスリートとしては、瀬古利彦さんのライバル関係にあったそうです。週間走行距離はコンスタントに240kmほどと当時のアメリカ人選手にしては際立った練習量。1981年のNYCマラソンでは2:08:13の世界記録を打ちたてた…と思いきやコースの距離が148m足りないという運営側のミスにより、幻の世界記録となりました。

RW(英語記事)にはジャック・ダニエルズ氏もコーチしていたというような記述がありますが、サラザール氏の自伝を「なか見!検索」してもダニエルズ氏の名前は1箇所しか出てこず、具体的にどのくらいの交流があったのかは不明です。

コーチ:アルベルト・サラザール
▲アルベルト・サラザール氏
(写真:Runner's World)

▲サラザール氏自伝

所属選手


有名なのは、ロンドンオリンピックで5000m&10000mの金メダルで2冠、2013年世界陸上でもまたもや2冠を制したモハメド・ファラー(@Mo_Farah、ブログ内のファラーの記事参照)。

それ以外の所属選手は、米ゲーレン・ラップ選手(@G_Rupp、ロンドン五輪10000m 2位、世界陸上2013で10000m 4位)が有名。
【2014/5/31追記】ゲーレン・ラップ、自身の持つ10000m米国新記録を更新!


他には、北アメリカ5000m記録の前保持者デイゼン・リツェンハイン(@djritzenhein、通称リッツ)選手、82年生まれ。アメリカ人のフルマラソン歴代記録3位の2:07:47を保持。2013年はフルマラソンの優先度が高いそうです。高校時にフットロッカー・クロスカントリー選手権で2度優勝。

マシュー・テゲンカンプ(@MattTegenkamp)も、大学時代のコーチ、ジェリー・シューマッハの移籍についていく形でオレゴンプロジェクト入り。2マイルのアメリカ国内記録8:07.07(2007)を保持。2007年世界陸上5000m4位。2008年五輪5000mで13位、2012年五輪10,000mで19位と振るわなかったことから、トラックからロードへの転向を図ったのでは、とRW。追記:シカゴマラソン2013でマラソンデビューし、2:12:28で10位。全米代表のクロスカントリー&トラック選手のミッシェル夫人との間に2人の子供がいます。

女子は全米陸上競技選手権大会1500mで2005~2007の3連覇を果たしたトレニエレ・モーザー(@TreniereMoser)。数年の低迷後、オレゴンプロジェクトに加入し再ブレイク。2013年に同大会で再び優勝を果たしています。

2013/10/24追記:世界陸上2009の1500m銅メダリスト、シャノン・ロウベリー(@ShannonRowbury)が最近加入したのは、モーザーの練習パートナーとしての意味も大きいそうで、ファラーとラップのような切磋琢磨する関係になってほしい、とサラザール氏(英語記事)。
2014/6/1追記:シャノン、2マイルで米国新、9:20.25。


あとは、高校生ながら数々の記録を打ちたて2013世界陸上にも出たメアリー・ケイン選手(@runmarycain)はまだ高校生なのでプロジェクト入りしていませんが、サラザールコーチに指導を受けています。

それから早大のエース大迫傑選手(10,000m PR27:38:31、日本人学生歴代10傑1位、日本歴代10傑4位)も留学中とか(日本語記事、英語記事)。【2014/1 追記】大迫選手:「来年も4月から米国に渡る予定です。」(日本語インタビュー記事)


オレゴンプロジェクトの練習の特徴


オレゴンプロジェクトの練習の特徴は、コンペティター誌(英語記事)によると以下の5つ。
  1. 長期的視野で選手を育てる
    (結果を焦ったり、5000mの選手をすぐにマラソンデビューさせたりしない。)
  2. 良いトレーニングパートナーを見つける
    (グループトレーニングは効果的。実際に、ファラーとラップはトレーニングパートナーかつ、ロンドン五輪10000mの1位2位。)
  3. 綺麗なランニングフォームに取り組む
    (軽い着地、リラックスした上半身、跳ねずに前進の3点に注意しているようです)
  4. スプリントトレーニング
    (ファラーとラップの練習では、短距離トレーニングが重要な鍵を握るそうです)
  5. 精神トレーニング
    (最強の東アフリカ勢にすら勝てると、自信をつけさせること)

同様の分析は、別ソース(英語記事)でもされていました。

ファラーとラップは本当に仲がいいライバル同士みたいですね。一緒にいる写真・動画多数です。



練習メニューと高地トレーニング


ファラーとラップはこんな高地トレーニングもしていたそうです。
  • 2011年のある練習メニュー(英語記事)
    • 32km @ 3:22/km
    • 8 x 1,200m @ 3:09/1200m (レスト2分)、標高1400m。
    • 15 x 200m @ 0:25/200m (レスト100m JOG)、標高2100m。
  • 2012年のコーチへのインタビュー動画より(Youtube)
    • 6 x 1600m @ 4:25/1600m (レスト500m JOG)、標高1600m

※上の練習メニューは世界最高峰の選手だとしても負荷が高すぎるような気もするので、コーチが全部本当の事を言っているかはわかりません。詳細な練習メニューは秘密にしておきたいでしょうからね。

スプリント重視


前述のラストスパートのスプリットを見て分かる通り、スプリントには力を入れているようです。並のスピードトレーニングじゃないですよ。スプリント=短距離のようなトレーニングです。

例えば、10000mを専門にするラップ選手の練習では、

400mのインターバルを51秒で走ったり、

100mを11.03秒で走ります(英語記事)

※スタンディングスタートです
※しかもレース前日の刺激走です(英語記事)

このめちゃくちゃ速い刺激走は、硬いサーフェスで追い込むのが特徴で、ランナーズワールド記事内ではこのテーパリング/ピーキング手法をMagness-Salazar Taper System (MSTS)と呼んでいます(RW, Burfoot)。鍵は「マッスル・テンション」(RW, Magness)。

ファラーの短距離のタイムはわかりませんが、恐らくラップと同じぐらいだと思います。ファラーの記事で触れましたが、2013年世界陸上の5000mは最初の1kmラップが2:48/km、最後のラップが2:22/km(最後の400mは53秒台)。10000mでは最初が2:51/km、最後が2:26/km。すさまじい爆発的なスパートとなっており、イーブンペースの選手とは最後の最後で大差がつきます。

あの短距離の王者ボルトに600mで勝負、と挑戦状を叩きつける(日本語ロイター)ぐらいなので、ファラーは短距離に自信があるんでしょう。ちなみにこの勝負、この距離ではエネルギー供給系などの観点から、理論上ファラー有利とするスポーツ科学者も(英語記事)。ブックメーカーの予想も同様で、ファラー1.57、ボルト2.25となっています(英語記事)。

ファラーとボルト
(写真:ロイター/Fabrizio Bensch)
ボルトの決めポーズをするファラー(左)と、
ファラーの決めポーズをするボルト(右)
好きだな~この写真。

筋トレ重視(2013/10/20追記)


「ストライドの効率とパワーの改善のために筋トレを重要視」だそうで、長距離走者なのに「高強度低回数」、しかも「体重は増やさない」など(日本語記事、日本語記事)従来の補強運動・筋トレとは違う考え方で興味深いです。また、サラザール氏自らが教える筋トレ動画もいくつかあります(youtube)。

オレゴンプロジェクトのS&C(筋トレ&コンディショニング)担当の理学療法士、デビッド・マックヘンリー氏が陸上コーチ向けに公開している資料がこちら(英語)。数々の補強・筋トレの動画とPDF資料が惜しげも無くまとまっています。一応、この資料を一般の人にも読みやすくした記事が、ランニングタイムズのこの記事(英語)。同じメニュー+ウェイトトレーニングでゲーレンラップが補強している動画もあります(flotrack)。

オレゴンプロジェクトの補強運動

(イラスト:上述ランニングタイムズの記事より)

補強運動メニューは、Hot Salsa、Runner Pulls、Side Plank Knee to Chest、The Reverse Clam Shell、The Clamshell、Mountain Climbers、Runner Touch、The Jane Fondaなど。所属選手はこれら補強を週3~4回やっているそうです。

なぜこんなに筋トレをやるかというと、一言で言えば「怪我防止のため」だそうです。走力アップが第一目的じゃないんですね。

そこらへんの考えやオレゴンプロジェクトの補強プログラムの概要を簡潔にまとめたマックヘンリー氏のPDFスライドがこちら(英語)。少しだけ紹介すると、S&Cでは研究成果(+直感、臨床推論、経験則)に基づいたトレーニング手法を取り入れているそうです。

研究からわかる関係。
・ ヒップの強さ → 怪我予防
・ 柔軟性 → 怪我予防
・ 体幹の強さ → ランニング経済性
・ 臀筋とハムストのパワー → スピード
・ プライオメトリクス → ランニング経済性とスピード
※強さ (Strength) = 重荷を動かす能力
※パワー(Power) = 重荷を素早く動かす能力 

S&Cのプログラムのバランス
・ 1/4 怪我予防
・ 1/4 ヒップと体幹強化
・ 1/4 フォーム、固有受容感覚(目を閉じていても自分の手や足の位置とそれを動かしていることが分かる感覚)、Sequencing (訳注:謎。連続動作?優先順序付け?)
・ 1/4 パワーとプライオメトリックス

追記:プライオメトリックの効果は日々研究が進んでいるようです。
 → ACSM2014から最新ランニング研究15本

最新テクノロジーを積極的に試す


他にも、低酸素ルーム(英語記事)がどうとか、水中トレッドミル練習(英語記事、Youtube)がどうとか、姿勢矯正ウェア(英語記事)がどうとか、ダイナミックコンプレッションブーツ(ORPJT Facebook)がどうとか、液体窒素による全身アイシング(Youtube)(笑)など、面白そうな話もちらほら見つかりました。コーチは新しいトレーニングを実験するのが好きなようです。ちなみに、リッツ選手の無重力トレッドミルの体験談はこの日本語記事で読めます。


※ただ、そういう奇抜なのは神秘性を出すためのナイキのマーケティング戦略で、実は元からレベルの高い選手が質の良いありふれた練習をしているだけかもしれません・・・。


バイオメカニクス重視


オレゴンプロジェクトでは、スプリント練習のため2名の短距離専門コーチジョン・スミス氏とラルフ・マン氏(英語ウィキペディア)を雇っていて、後者はバイオメカニクスの博士号を持つ専門家でもあるそうです。

また、サラザール氏はインタビューでも、バイオメカニクスに基づいた理想的なフォームへの修正は必要不可欠としています(youtube)。人によって理想的なフォームがあるというのは昔の考え方とも言ってますが、指導を受けたリッツ選手はフォアフット走法への矯正で故障しているので、この考え方は個人的に賛否両論あるところだと思います。

効率の良いバイオメカニクスを追求した結果、ファラーのフォームがどうなったかというと・・・それはファラーの記事に書いてあります。ちょっとスプリンターの特徴が入ってるようですね。マラソンでは変えてくるかもしれません。


走行距離


ラップは2011年頃は週に130kmほどしか走っていなかったと、サラザール氏は語っています(英語記事)。

ファラーの週間走行距離は、2012年末は一時的に落としており、たった110kmだったようです(英語記事、英語記事)。

オレゴンプロジェクトの方針でまた距離を伸ばしており、2013年8月の記事では、ファラーは190km、ラップは170km+水中トレッドミル(HydroWorx X80)で30kmを走っているそうです(英語記事)。

ファラーとラップは最低週に5回は一緒に走り、そのうち3回は30km走だそうです。ペースは「イージー」ペースの3:45/kmあたりだそうですよ(驚)。


ロードで練習しないという方針(2013/10/20追記)


このビデオ(英語)でサラザール氏が語っている内容が興味深いです。ファラーは週200km走っていても、ロードで走るのはたった8km以下だ、とのこと。オレゴンプロジェクトのアスリートがなぜ柔らかいサーフェス(ダート、グラス、ウッドチップ、トレイル、トラックなど)で走るのかの理由についても述べており、ロードよりも筋トレ効果があるとのこと。


ドーピング検査はクリーン


世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が2011年に2000人のアスリートに匿名アンケートした結果、29%もの選手が前年の世界陸上で禁止薬物を使用したと回答(英語記事)。ドーピングに対する取り締まりは今後もどんどん厳しくなるでしょう。近年ではジャマイカにおけるドーピング検査の緩さから、ボルト含むジャマイカ勢全員がオリンピックを含む主要大会から締め出される可能性も指摘されています(英語記事)。

オレゴン・プロジェクトは成果を出しすぎているという理由で、米国反ドーピング機関(USADA)にマークされている気がします。2013年上半期で最もドラッグテストを受けさせられた米国人選手のうち、1位がラップ選手の19回だったそう。リッツ選手も13回調べられています(英語記事)。ちなみに誰か何回テストを受けたかのデータはすべてUSADAサイトのデータベースから検索可能。

ファラー選手も他のいろいろな優れたアスリート同様、ゴシップレベルでドーピングの疑惑を噂されるようで、サラザール氏は最近のインタビューでもきっぱりとクリーンであることを明言しています(英語記事)。

ところで話はちょっとそれますが、日本では吉田香織選手のEPOによる薬物違反の資格停止が、最近になって2年に延長されたのが異例だと少し話題になっているようですね。この件について、スポーツドクターの難波聡先生が細かい解説をしておられ、興味深かったのでリンクを貼っておきます(ブログ)。


オレゴンプロジェクトが探す人材像(2013/10/25)

いろいろなアスリートから参加希望が集まるオレゴンプロジェクト。

サラザール氏によれば、探している選手は、
We look for athletes who are talented, have potential to medal, and who have kind personalities

(訳:才能があり、メダルを取れる潜在能力があり、親切なアスリートを探している)
(出典:RW記事)とのこと。

最後がすごく意外でした。

アメリカでは人物の評価は才能が中心。ちょっと尖っている部分があれば、性格などで劣っている点があっても気にしないことも多々あります。プロスポーツの世界はそこまで詳しくないですが、恐らく同じ傾向があり、表立ってkindであるかということを問う場面は珍しいはず。そういう意味でサラザール氏の考えが垣間見れて興味深い発言でした。


追記:その他の強豪ランニングチーム

オレゴンプロジェクトもすごいですが、他にもすごい組織はあります。例えば「Volare Sports」(Twitter: @VolareSports)。マネジメント会社なので選手のトレーニングにどれだけ関わっているのかわかりませんが、所属選手は世界トップクラスです。

例えば、ウィルソン・キプサング(フル公認コース世界記録保持者、PR2:03:23)、デニス・キメット(フルPR2:03:45)、ジョフリー・ムタイ(フル非公認コース世界記録保持者、PR2:03:02)など。

練習パートナーでもある3人は、2013年の秋の3大マラソン(ベルリン、シカゴ、NYC)をそれぞれ制しており、驚異的です。こちらの記事でムタイの練習メニューなどについて書きましたのでよろしければ参考に。


追記:オレゴンプロジェクトグッズ

公式サイトではオレゴンプロジェクトのロゴ入りシャツやシューズなどが買えますが、現在はFedExで日本にも発送してくれるようです!

Nike Zoom Elite+ 6 (横)

参考:オレゴンプロジェクト限定版 Nike Zoom Elite+ 6 を買ってみた



追記:The Science of Running書籍化!

オレゴンプロジェクトの元アシスタントコーチで、スティーブ・マグネス氏(Twitter: @stevemagness)という若手重要人物がいます。

マグネス氏いわく、ファラーの練習内容にマジカルなことはないが、彼がすごいのはハードな練習に取り組む姿勢、そして練習を楽しむところだそうです。一方ラップが他の選手と違うのは驚異的な回復力だそうで遺伝、トレーニング両方によるものだろうと語っていました。チーム全体として、成功するために想像しうる、ありとあらゆることは試しているそうです(最新テクノロジーを試すのもその一貫なんでしょうね)。詳しくはこの記事(英語)で読めます。

マグネス氏はランニングブログ「The Science of Running」を書いており、アメリカのランニング界隈で有名です。トップ中のトップアスリートを指導した経験と、いろいろな最先端の論文からの理論の両方から導き出された知見が惜しげも無く披露されているブログで、かなり貴重なリソースです。

そのブログが、なんと2014年に書籍化!サイエンス・オブ・ランニングの名の通り、最先端のスポーツ科学バリバリの濃い内容で、22章、344ページからなる力作です。アマゾンUSのレビューは、発売3ヶ月ちょっとで40件、5段階中4.5と高評価!日本のアマゾンでも輸入版の原著が買えます→

本書には、こんなことが書かれているそうです(裏表紙より)。
  • 疲労とは何か?脳を中心とした疲労についての理論を最先端の研究から紹介
  • なぜ最大酸素摂取量はラボとトラック両方で過大評価・誤解されているのか
  • 心拍「ゾーン」トレーニングがベストな練習法でない理由
  • 練習を個々の生理学的特性に合ったものにカスタマイズする方法
  • 練習プロセスを「刺激」と「適応」という観点からユニークに評価する方法
  • 800mからフルマラソンまでの完全な練習メニュー例

私はブログは愛読していますが、本はまだ購入していません。個人的にどうやってオレゴンプロジェクトのトップアスリートがトレーニングしているのかや、ラボとトラックの知見がどれだけ合致しているのか、または乖離しているのか、気になるところです。

ちなみに当ブログでは、以下の記事にてマグネス氏の考え方に触れています。

関連記事(ブログ内)


オレゴン・プロジェクト関連外部サイト

▼記事がお役にたったら、いいね!お願いします♪